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耳に当てるケータイを持つ手が震える。
呼出音がどこかよそよそしく鳴り響く。
なんだか色んな事に現実味がない。
だって、オレが御崎さんに電話するなんて……。
「…………っ」
何度かコールした後、一向に相手が出る気配をみせないケータイを切り、煩わしくベッドに放り投げた。
部屋の中が冷たい。
「寒っ……」
きっと何かの間違いだ。
彼は気まぐれでかけてきたに違いない。
オレはそんな考えで自分なりの答えを出し、ヒーターの電源を点けた。
その前に膝を抱えて座り、暖かく柔らかい風が吹き出るのを待っていたけど、ふとケータイの電源を切り忘れてることに気が付き手を伸ばした。
「──!」
あと少しで手が届くという時、真っ暗だったケータイの画面が突然眩いばかりに光り出す。
そして着信の表示に彼の名前が浮かび上がった。
取るべきか。無視するべきか。
大した用じゃないだろう。きっと状況確認だけだ。
そうは思っていてもやっぱり緊張はするし、胸が締め付けられて痛い。
オレは今にもパニックを起こしそうな心境でどうにか気持ちを押さえ付け電話に出た。
「…………はい」
『久し振りだな』
「ッ…………」
たった一言。
そのたった一言で彼の声はオレの涙を誘う。
それ程オレの精神状態は脆くなっているようだ。
けどそんなオレの心情は置いてけぼりにして、ケータイからは淡々と声が続く。
『ずっと電源を切ってただろ。具合は?』
「うん…大丈夫。今のところは」
『そうか』
彼は素直に安堵した様子だったが、そんな彼とは対象的にオレは腹が立った。
どうしてそんな普通にしていられるんだ。
オレなんてケータイが鳴っただけで心臓が止まるかと思ったし、声を聞いただけで泣きたいくらい胸が締め付けられて苦しい。
なのに彼はいつも通りだ。
そこには距離も気まずさも一切無い。
つまり、全て終わった事なのか?
(だったらまだ終わってないのはオレの方か…)
何となく予想はしてた。
オレは自分の弱さを目の当たりにし、惨めな姿を悟られたくなくて本題を切り出した。
「あの…さ…。家に電話したみたいだけど…何か用?」
『いや。ただ、どうしてるかと思ってな』
「…!なにそれ…」
『いいだろ、別に。つうかお前さ、病院にいる時以外はケータイの電源くらい入れとけよ。ずっと切ってただろ』
「っ、ふざけんな…!」
悔しかった。
少しくらい感情が揺らいでたっていいのに、彼はどこまでも余裕のある大人な態度しかみせない。
それに引き換えオレの方はいつまで経っても心の整理がつかずに未練がましく想いを募らせるばかりで、遂にその理不尽さが怒りとなって爆発した。
「あんた……オレを何だと思ってる!?気遣ってる振りでもしたいのか!?だったら二度とかけてくるな!もう二度と……オレに構うなよ…っ」
『何をそんなに怒ってんだ?』
「何をって……、あんたが自分勝手だからだろ…!」
『いいか?勝手に居なくなったのはお前だ。なぜそうしたのかは何となく解るが、お前は何の相談も無しに勝手に答えを出し、勝手に出て行った。部屋にたった1通の手紙を残してな』
「だってそれは……あんたがそれを望んでたから…」
『ああ、そうだな。確かに"やっていけねえ"とは言った。だがお前にそう言ったか?』
「…聴こえたんだ。あんたが誰かと話してるのが。すげー辛そうな声だったし、本当にそうしたいんだろうなって…。でもオレの身体の事があるから言い出せないんだと思って…」
『だから黙って出て行ったのか?俺の為に?それは言い訳だろ。お前は単に投げ出しただけだ』
「っ!なんだよそれっ…オレの気も知らないで!」
『それはこっちの台詞だ!』
「──!?」
怒りをぶつけられた事に腹が立ったのか、御崎さんは唐突に声を荒らげ始めた。
『お前が俺の為を思って離れていったのは知ってる。だが俺に言わせりゃな、それがそもそも間違いなんだよ!見舞いに行ってお前が退院したのを知った時の俺の気持ちが解るか!?』
「……っ」
『なんで行動する前に一言俺に言わなかった!?あんな愛想もクソもない手紙一つで納得なんかできるかよ!!』
「だって…!」
『ああ、そうだな!お前を捨てりゃあ済む話だと思ってたからな!』
「……ほらな。だからだよ」
『あ?』
「オレは……捨てられたくなかった。あんたの言う通りだ。離れていくのが嫌だから…オレから離れた」
別れの言葉さえ聞かなければまだどこかで繋がっていられるような気がしてた。
例えそれがただの幻想だとしても、その僅かな希望にしがみついていられたら…それだけできっと生きていける。
そう思ってた。
『…………』
「…………」
これ以上何を話すべきだろう。
お互いにしばらく沈黙し、オレはこの場に一番適した言葉を探った。
お互いに納得できて何もかもが良い方に進む綺麗な言葉。
けど、そんな魔法の言葉なんてオレは持ち合わせていない。
『一つ聞いていいか』
「…なに」
収拾がつかない沈黙が終わったのは、今までよりトーンを抑えた御崎さんの声だった。
『理屈や綺麗事は無しにして正直に答えろ。…………会いたいか?』
「……!」
『俺に会いたいか?』
酷く優しい彼の言葉を聞いた瞬間、ストンッと胸の奥に何かが落ちる。
この数ヶ月間考えていた事とか例えどんな事情があったとしても、この言葉は全てを飲み込んでしまう。
「……会い…たい…っ」
『分かった。今週末迎えに行く』
「!ダメだよ…そんなのダメ」
『なんで?』
「きっとオレ達は変わらない。良くも悪くも、この先ずっと同じ事でケンカするだろうし、同じ問題を抱えたままだと思う。だから…」
『お前な…。また勝手に決め付けんのか?』
「…!」
『そうやって俺の意見もろくに聞かずに…。お前は一人で抱え込み過ぎなんだよ』
彼はオレに傷を負わせた。
そのくせ更に傷口に触れ、痛くて抵抗しようとすると優しく包み込む。
彼は何がしたくてどう思ってるのか、オレには最早分からなさ過ぎて自分の決意すら揺らぎ始めた。
『…なぁ。とにかく会って話そう。なんでこんなに迎えに来るのが遅くなったのか、俺が今どう思っているのか、会った時に全部説明してやるから』
「やだ…。来ないで」
『お前がなんと言おうが俺は行くからな……待ってろ。必ず迎えに行く』
彼の言葉に返事をしないまま、オレは静かにケータイを切った。
心はすっかり絆(ほだ)され、後は頑ななオレの気持ちを彼が捩じ伏せてくれるのを待つばかりの日々を過ごした。
そしてその週末。
バイトを休み、オレはそわそわと逸る気持ちを抑え一日中家に篭っていた。
まるで王子様の迎えを待つ小さな女の子の様に窓の外を覗いては何度も祈る。
「早く来ーい……」
だけど結局、彼が現れる事はなかった。
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