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男に言われるまま車に乗り込み、一度家へ戻ったオレは薬だけを手にして着の身着のまま再び家を出た。
「あ……。母さんに伝言残してない…」
「僕が後で連絡しておきますから」
「それに着替えとか……何にも持ってきてない…」
「それはどうにでもなります。…大丈夫ですか?」
「え……?」
「混乱するのは分かります。ですが気をしっかり持って下さい。酷な事だとは思いますけど…」
知りもしない他人の目にも明らかだったんだろう。
いつしか乾いた涙の変わりに、今度はすっかり上の空だ。
何か考えなきゃいけない。
でも何を考えればいい?
オレが何かをすれば御崎さんが助かるというのなら何だってする。
だけどそうじゃない。
オレにはどうすることも出来ず、ただひたすら祈るしかないんだ。
「この車はレンタカーなんで、郡山駅から新幹線に乗ります。その方が速いですから」
「…………」
笹山さんがオレを気遣って色々話しかけてはくれるけど到底返事などできず、彼の言葉は右から左へと耳を通り過ぎる。
駅に向かっているにも関わらずまだ現実味が無く、次第にそれは一つの疑問へと変化した。
「オレ……何しに行くですか…」
「はい……?いや、ですから…!」
「"死ぬかもしれない"…ですよね。でも、それはオレも同じだから」
窓の外を景色が流れていく。
遠いものはゆっくりと。でも近いものは瞬き一つも待ってはくれない。
それは、きっとオレ達も同じなんだろう。
近くにいる時は怒涛の日々だった。
些細な事にも左右され、自分なりにどうすればいいのか試行錯誤しながらも共に過ごした時間はほんの一瞬で、だけど遠いものになってしまった途端、それは優しく記憶の中で繰り返し流れ続けてた。
もしも今、優しく柔らかい想い出に浸り続けていたオレが、酷な現実を目の当たりにしたらどうなる?
受け入れられるのか?
それに彼は?
薬の副作用に耐えながら不安を抱えて過ごしてるオレが会いに行って、彼は喜んでくれるのか?
空虚の中で彼を思い浮かべ、自分は今、何をすべきなのか、彼は何を望んでいるのかを考えている内に、やっと一つだけ自分にできそうな事を思い付いた。
「彼はオレに会いたいなんて言った?」
「そ、れは…、もちろん会いたいと思ってますよ!」
「…言ってはないんですね」
「…………。意識がはっきりしてないせいで、言いたくても言えないんです」
「そうかもしれません。…でも、もし彼が話せるなら"会いに来い"とは言わないと思うんです」
決して会いたくない訳じゃない。
本当なら付きっきりで看病して、一瞬たりとも彼から離れたくない。
でもそれをしてしまうと、オレも彼もダメになる気がする。
今はまだ、自分の事でさえ持て余してしまってるオレに、側にいて欲しいなんて思わないだろう。
「御崎さん…オレに言ったんです。"待ってろ"って。あの人は、自分の言った事を捻じ曲げるような人じゃない」
「……。社長は、自分が事故に遭った事をあなたに"伝えろ"とは言いました。ですが、あなたの言う通りです。"連れて来い"とは言っていません」
「やっぱり……。だったらオレから会いに行っちゃダメな気がする。会った事で満足して、気力が失せても困るし」
少しだけ気持ちが落ち着いてきた。
何も、彼が死ぬと決まった訳じゃないんだ。
「では……」
「東京には行きます。少しでも御崎さんの近くに居たい、"もしもの時"は必ず側に居られるようにしたいから…」
彼を信じよう。
きっと迎えに来てくれる。
そう考えがまとまると、締め付ける胸がほんの少しだけ楽になった。
(こんなに辛いんだな……"置いていかれる側"って)
ほんの少し前まで、オレは"置いていく側"だと思ってた。
でもそれは今日、簡単に覆った。
大切な人がいなくなってしまった世界は何色なんだろう。
何が見えて、どんな音が聴こえるのか。
その中でどう感じ、それでも生きる意味を見い出せるのか。
オレは父親の死を目の当たりにしていないせいかそんな想像力が乏しく、今でもまだ現実味がないお陰で、哀しみや苦しみは半減されてたと思う。
だから尚更なんだろう。
これまで御崎さんに無理強いしていた"覚悟"が、いかに残酷な事だったのかを痛烈に実感させられた。
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