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「ど……して…っ」
離れた唇の隙間から辛うじて出たオレの声はひどく戸惑ってた。
そりゃそうだ。
オレはこの人とキスをしたことがない。これが初めてだ。
「泣き止ませる方法なんてこれしか知らねえんだ よ。ったく…、お前は女か。面倒くさい奴だな」
素っ気なくそう吐き捨てる彼をオレは呆然と見つめ、やがて体の震えが止まってる事に気が付いた。
それにさっきまで止めどなく溢れていた涙もピタリと引っ込んでる。
そんなオレは相当単純なのかもしれないけど、今は別のことで頭がいっぱいになった。
「今まで一度もしてこなかったのに……なんで…」
「ああ?だからお前が鬱陶しかっただけだって言ってんだろ。それ以上でも以下でもない」
オレ達は体は重ねても唇を重ねることはなかった。
それは互いに必要としない行為だったからだ。
心惹かれた相手ならまだしも、肉体だけの快楽を求め合う間柄には不要。
どっちが言い出したわけでもないけどオレ達のその考えは同じだったと思う。
だからキスなんてしないし、する事もない。
……そう思ってた。
「ここにいろ。もうすぐ閉店時間だ」
「…あ、じゃあ帰らなきゃ…」
「はあ?"ここにいろ"って言ってんだろ!?」
「え…?でも…」
「……。そんな泣き腫らした酷い面で自分の席に戻れんのか?第一、席に戻ればさっきの男がいるだぞ。お前笑って許せんのか?」
「っ……」
「ほらな。だから"ここにいろ"。後で送ってやる。連れには適当に話といてやるから、辻褄合わせとけ」
それだけを言い残し、御崎さんはオレを置いて店内へ戻って行った。
険しかった表情はいつの間にかオレの知ってる御崎さんに戻り、いつもと同じ様子だった。
そう。オレだけがその"いつも"と同じじゃない。
認めるのは悔しいけど、オレは今日、彼に心を乱された。
「あつ……」
冷えた手の甲に唇を当て、さっきの感覚を繰り返し脳裏に巡らせる。
異様に熱くなった唇の原因は彼。
オレは今日、御崎さんとキスをしたんだ。
その事実が消えてしまわない様、柄にも無く祈るような気持ちで彼の迎えを待っていた。
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