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忘れられた守人
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「気付いた時には手遅れだったの」
「美里ちゃん」
「泣かないでヒロピー。あれだよ、いんがおうほうってやつ?」
女の体が消える度に汚された一帯が浄化されていく。
それは、哀れな守り人の話。
俺達の試験内容は、とある街での大量死の調査だった。そこは山肌にへばりつくような街で、街に漂う空気や泣き声が響く無数の葬式、群れる葬列があの事件の時の村とそっくりだった。
その街の大量死の原因は、一帯を治める主の代替わりに悪神が入り込んだ為だった。代替わりには守り人が産まれる筈なのだが、何故か守り人が仕事を放棄しており、どこにいるか分からなかった。常駐しているはずの神使が消滅してしまっていたので、神を相手にするには守り人の存在が必要不可欠だった。まずは守り人を探す事を先決にした。
守り人の居場所は直ぐに分かった。女の周りだけ不自然に人死にがなかったからだ。
それは田舎の街に不釣り合いな程、派手に着飾った女だった。赤みがかった茶に髪を染めて、化粧が元の顔が分からない程に塗りたくった同い年の女。俺達が都会から来たと知ると、やけに馴れ馴れしく、アイドル志望だと尋ねてもいないのに語った。甲高い声でギャンギャン話し、俺に媚びを売り、生まれ故郷を芋臭いと俺達に言って馬鹿にする姿。町をこんな風にしている癖に、女には罪悪感は欠片も見当たらない。
その様子はあの日々のアイツにそっくりだ。
「ホントにさ、こんなダッサイ町最悪」
「最悪なのは手前だろ・・・・・・」
「へ?」
「木葉芽吹河原之山命の守り人。聞き覚えはないか?」
俺は苛立ちに任せ、女の襟首を掴んで問い質した。俺の言った言葉に、女はみるみるうちに青ざめた。心当たりはあるみたいだ。
その事実に、心の中で何かが軋む。
「な・・・何言ってんの?ワケわかんない」
「分からないのはこっちの台詞だ。何故、守り人の任を放棄した。お前が山を守らないせいで、悪神が居座った。人間達の魂が取り込まれて、街の住人が死んでいるんだぞ!その自覚あるのか!」
「うるさい!うるさいうるさいうるさいうるさい!」
図星だったのか、女がわめき始めた。唾を飛ばしながら暴れる女から光が溢れだし、俺を弾いた。やはりコイツが守り人だ。神の光を操る人間なんざ、そうそういない。
「ワケわかんないし!守り人?何それ中二病なの?馬鹿みたい。んなファンタジーな事、本気で信じてるなんで、びょーいん行った方が良いよ!」
「癇癪かよクズ女。てめえのせいで死人が出てるのは間違いないんだよ。死人がバンバン出てんのに、自分はネットアイドル活動か?」
「違う!美里のせいじゃない!あんなのは只の夢!だって、か・・・・・・神様が出てきて不思議な力を与えるなんて、今時少女漫画でもやらないこと現実な訳ない」
そう呟く女。その姿は信仰を捨ててしまった常識の中にいる者の姿だった。この地方は、かって守り人の伝説が語られ、守り人として生まれた女性は奉られ、全ての人々に尊敬されていた。だが、長い間に祭礼や伝説は忘れ去られ、守り人自体を知る者はいなくなってしまっていた。
誰も守り人を知らない状況で生まれてしまった守り人の少女。それが美里だった。
美里は拒絶していたが、寛ちゃんに説得されて渋々俺達についてきた。美里は山の中を歩けば足が痛いとブーたれ、気の枝で怪我をすれば喚いた。そもそも自覚はあるのかコイツ。山の中でミニスカでハイヒールってバカか。俺が無言で睨むと、寛ちゃんの背中に隠れるように回り込んでコソコソと悪態をついた。
いつの間にか寛ちゃんと美里は仲が良くなっていた。それも腹ただしい。
小さな事に苛ついていた俺は、不必要に着飾った美里に何も感じなかった。それが彼女の覚悟だったのに、俺はただの見栄の象徴だと思っていた。
悪神との戦いは激闘だった。
醜悪な姿の悪神と闘いは、美里が神から与えられた弓で闘い、それを俺達がフォローする形で始まった。三人とも満身創痍になったが、悪神を封印することに成功する。
「美里ちゃん!」
これで退魔師になれる。地面に横たわりながら思った時、寛ちゃんの悲鳴が野山に響いた。起き上がると、なんと美里の体が発光していた。その体は、端から粒子となり空に舞い上がり、汚された大地を浄化している。
寛ちゃんの腕の中に横たわる美里は、泣きながら、こうなることは分かっていたと言った。
「汚れ過ぎた山には主様が降りてこなくなるの、だからそこまで汚してしまった守り人は、責任をもって自分の体で償うんだよ」
慌てて処置をしようとする寛ちゃんを、美里は笑いながら止めた。その時、寛ちゃんが握りしめた美里の腕が、パリンと音を立てて崩れて光の粒子になった。もう、手遅れだった。体の崩壊は止まらない。
「あーあ、折角お洒落して死のうと思ったのに台無し。ねぇ、消えるまでの間、お話しても良い?」
ボロになった服を見て溜め息をつきながら美里が尋ね、寛ちゃんは泣きながら頷いた。
「始まりはね、中学生の時だった。ある日神様みたいのが現れて、何で務めを果たさないかって怒ってきたの。なんかイラッとして「知るか馬鹿」って言ってやったらいなくなった。それから暫くして、高校に入学したあたりで、また夢を見た。今度は何回も何回も必死に訴えてきた。その弓はその時に貰ったんだよ。弓を持つと不思議な力を操れたけど、同時にデカイ怖い物が居る事を感じた。私は怖くて弓を倉庫の中に隠したけど、ソイツは出てきた。ソイツは現れる度にボロボロになっていって、メチャメチャ怖かった。私はソイツに言った。止めてって。なのにソイツは「守り人の使命だ早くしろ」って、訳の分からない事を繰り返すばかりで、内容は私には意味不明だった。私は必死にこれは只の夢だって言い聞かせた。だって、アイツったら私が人間じゃないって言うんだもん。下等な人間とは違う、神に仕える名誉ある存在だって」
「酷いよね」下半身がなくなった美里から雫が垂れる。
「私はちゃんと、お母さんとお父さんの子供だもん。家には、きちんとヘソの緒もあるんだよ?手足もあるし、目も二つある。なのに何で、私は人間じゃないの?私は嫌だった。人間じゃないなんて、家族や友達と違う生き物だなんて信じたくなかった。だって、それを受け入れた時、私は本当に人間じゃなくなっちゃうもん。私が私だった十八年間を私は無くしちゃう。嫌だった。私は私のままでいたかった。畠田家の長女の畠田 美里のままでいたかった。けど、アイツが夢に出なくなった時、山の嫌な感じが一気に吹き上がったの。慌てた時には遅かった。手遅れだった。山の汚れは手の施しようがなくて、私が死ぬしかなかった。本当はその時死ぬべきだったね。そしたら皆死ななかったんだもん。けど、けど、怖かった死にたくなかった」
だから、美里は知らないふりをした。思考に蓋をして知らないふりをして、「あれは妄想。自分は関係ない。きっと誰かが解決してくれる」と思い込んで逃げ帰った。
死にたくないと泣く美里の顔にヒビが入る。
「ねぇ、川蝉」
「何だ」
「あんたは、力があるのに使わないのは犯罪って言ってたけどさ、私にはさ、一人で死ぬ覚悟を決めたり戦ったりすることなんて無理だったんだよ。力があっても、誰も何も教えてくれなかった。ただ、戦え戦えって言うだけ。私は、戦う為の道具じゃない」
まるで、使い古された道具のように、ヒビ割れる細い体を前にして、俺は何も言えなかった。美里は少し我儘で生意気な所はあったが、普通の少女だった。普通の、悩みながらも幸せに日常を過ごしていた少女だった。
「私、まだ沢山したいことがある、やりたいことがある、お洒落したいし都会に行きたい。アイドルにもなりたい。怖い怖いよぉ。戦うのは痛いし痛いよぉ。何で私なの?こんな事したくない。なのに死なないといけない。何で?でも、私がやらなかったせいで、八百屋のおばちゃん達や畳屋のおじさんか死んじゃった。全部私のせい。全部全部。私のせい。ああ、何で私生まれて来ちゃったんだろう。私じゃなかったら良かったのに。強い子だったら皆助かったのに。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。私が生まれてきて、ごめんなさい」
ひび割れた頬に涙が染みる。それは寛ちゃんの涙だったのか、美里の涙だったのか。
「ヒロピー」
「何?」
「私からのお願い。私みたいな子がいたら助けてあげて?私みたいに後悔しないように」
「分かった」
「ありがとう」
もう美里の首から下はない。美里は空を見上げると、眩しそうに目を細めて笑った。
「あ、来たぁ」
完全に砕け散った美里。その光の海の中を、泳ぐように駆ける新たな山の主は、俺達が見つめる中、厳かに山の頂きに鎮座した。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「人間だからだよ」
山からの帰り道、寛ちゃんがポツリと呟いた。
「何で公ちゃんを許すか分からないって言ってたでしょ?それは、公ちゃんが人間だったからだよ。確かに公ちゃんに責任が全くないとは言わないけどさ、暮らしていた十五年間は、公ちゃんは吸血鬼じゃなくて僕らの友達だった。美里ちゃんが只の女の子だったように、公ちゃんも只の子供だったんだ。公ちゃんも、美里ちゃんと同じだったんだとオイラは思うんだ。いくら力があっても心まで強くはならない」
「・・・・・・」
「そして、そういう人は、力なくて出来なかった人よりも酷く後悔して自分を責めるんだ」
「・・・・・・」
「分かってる。何もしない事を選んだのは公ちゃんだ。だから、許せないのも分かる。けど、僕は公ちゃんを恨めない。もし、自分が同じ立場だったら、同じことになってたと思うから……」
俺はただ無言で歩いていた。頭の中では、あの日アイツに言った言葉が吹き荒れていた。
人殺し
人殺し
人殺し
人殺し
人殺し
人殺し
美里とアイツの姿が被る。その時初めて、アイツが怯えていた事に気が付いた。
その後、俺達は無事に退魔師になった。そして、寛ちゃんは俺とのコンビを解消した。寛ちゃんは美里の願いを受け取り、討伐を主な任務とする【荒手】にならず、情報収集を任務とする【聞き耳】になった。人間の中に生まれてしまった妖怪や能力者の保護をするために、日夜走り回っている。また、同時にアイツの情報収集もしているようだ。
一方、俺はそれから酷く荒れた。退魔師になったばかりなのに無茶な仕事ばかりして、この顔の傷もその時の物だ。鬱憤を晴らすように、吸血鬼のハグレばかりを狙って殺したりもした。一年経ち、やっと折り合いがついた俺は、寛ちゃんに内緒で、とある人物の探索を開始することにした。
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