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悪い奴1
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目を覚ますと見慣れた天井が目に入った。
「ここ……は……?」
寝起き直後の霞がかった頭では現状を把握できず、彼は天井を暫く見つめていた。暫くして彼の頭が冴え、自分がソファーの上に寝かされている事に気が付いた。呻きながら上半身を起こすと、彼の体の上に掛けられていたタオルケットが床に落ちた。
「よう、起きたか」
「か、川蝉様!?」
落ちたタオルケットを咄嗟に拾うと、後ろから声を掛けられた。振り向くと吉正がいた。台所に続く扉からリビングに入ってきた吉正は、何時も通りのジャージを着ていた。今から晩酌するつもりなのか、片手に酒瓶が詰まった箱を持ち、もう一方にはグラスやマドラー等が乗せられたお盆を持っていた。
吉正を見た公彦は、咄嗟に後ろめたさを感じて俯いた。儀式は特に疚しいことではない、吸血鬼独自の文化であり、それに対する忌避感などは九年間の吸血鬼生活で無くなっている。だが、儀式を行おうと……主と性交を行おうとしている自分が吉正に会うのは何故か嫌だった。
思わず窓の外に目線を反らした公彦の瞳に夜空が映る。空には、大きな満月が浮かんでいた。
……宗之助様!?
壁時計を見ると、なんと時計の針は無慈悲にも11時半を指していた。
「☆□◎▽●◇☆!!!」
人語だとは思えない奇声をあげてソファーから転がり落ちた公彦は、混乱と焦りのあまら、部屋の中を無意味にグルグルと走り回る。大切な儀式は本日まで、すなわち今日の11時59分までである。何故、自分が吉正の部屋に居るのか分からないが、ヤバイ、かなりヤバイ。儀式が成功しないまま日付が変われば、それすなわち宗之助の種無し認定である。
早く戻らなければと、公彦はその思考回路のまま、窓に向かって走り出し、硝子をぶち破り外に出ようとした。その瞬間、目の前を鋭い光が横切った。
「待て」
「ギャヒィィィィ!?」
吉正が躊躇なく投擲した短刀が、公彦の顔面スレスレを横切って、壁にスコーンとぶっ刺さる。通常ならば決して出さないような声で絶叫する公彦の髪が、一房だけ刀身に当たってしまい煙をあげて灰になる。それは神から下賜された退魔の短刀である。神明に連なる神から賜ったそれは強い陽の力を宿しており、通常の吸血鬼ならば即死滅。始祖級の吸血鬼である彼だとしても、体に刺さりでもすれば内側から火傷を負ってしまう恐ろしい武器だ。そもそも、刃物を投げ付けられるだけでも十分怖い。
「な、なななななな!?」
「落ち着け、ひとまずこれを読め。最上橋から手紙だ」
ガチで泣いて座り込んでしまう公彦。その足は恐怖のせいか、カクカクと小鹿のように震えている。そんな彼を無視して、マイペースに箱とお盆を座卓の上に置いた吉正は、座卓の引き出しの中から上質な封筒に入った手紙を取り出した。それどころではないと言おうとした公彦が吉正の顔を見ると目線で読めと促され、思わず手紙を受け取って紙面に目線を走らせた。
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枯葉舞い散る季節となりました。
貴方様に出会ったのも、このような季節でございましたね。
枯葉で焼いた芋という物を初めて食し、こんな美味なる物があるのかと感動したのも良い思い出です。貴方様には始祖という立場であるにも関わらず、私のような者にも優しくして頂き、感謝しても足りません。そんなお優しい貴方様の心を裏切る、大変な無礼を働き誠に申し訳ございませんでした。貴方様を拐いその部屋に監禁するように頼んだのは私です。貴方様は驚いていらっしゃると思いますが、これは私の意思であり実家は関係ございません。ずっと隠しておりましたが、私は宗之助の事を好いております。本来ならば然るべき手順を踏んで求婚しなければならないのですが、私の実家である最上橋家と桐生家は先代の姫同士の軋轢があり、いがみ合う関係です。宗之助は末子、私は三男という、自由な身であればこそ私は桐生の者と仲良くする事を許されておりました。しかし、私が桐生の者を好いたとなれば別です。きっと婆様爺様達が騒ぎ、大変な事となってしまいます。下手をすれば私は宗之助と引き離されてしまうでしょう。だからこそ、私は気持ちに蓋をして恋慕を封じておりました。気持ちを伝えなくても、友としていることが幸せだと信じていたのです。しかし、桐生の儀式が近付くにつれて私の心は乱れに乱れました。貴方様とは旧知の仲であり、私にとって貴方様は尊敬すべきお方です。しかし、貴方様でも駄目なのです。私の宗之助が私以外と閨を共にする。それを耐える事ができる程、私は人が出来ておりませんでした。
たから、私は決意致しました。本日、私は宗之助に想いを告げる所存です。もし、宗之助が私の想いを受け入れてくれないのならば、潔く諦めます。しかし、宗之助が私の想いを受け入れてくれるのならば、私は何があろうと宗之助を愛し抜くつもりです。私の厄介な性格は貴方様もご存知でしょう。私は全身全霊をかけて宗之助を護り、幸せにする事を誓います。
貴方様のお立場も理解しております。桐生の末子が最上橋の者に抱かれる事を見過ごしたならば、貴方様は叱責を受けてしまいます。だからといって貴方様に話したら、桐生の使用人である貴方様は実家に報告をしなければならないでしょう。だからこそ、監禁という非常識な手段をとらせて頂きました。当代随一の退魔師に囚われていたのならば、貴方様への叱責は軽い物となると判断したからです。
誠に勝手な申しでとは存じますが、事情ご賢察のうえ、お聞き届けくださいますようお願い申しあげる次第でございます。近日お詫びかたがたお伺いしたく存じますが、まずは取り急ぎ一筆申しあげます。
敬具
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「へ?」
「両想いなら、最上川が替わりに儀式を行うんだそうだ」
「へ?」
理解できないのか、不思議そうな顔をして首を傾げる公彦。暫く放心状態だった公彦は、この世の終わりのような顔で手紙を掴み叫んだ。
「ええええおあえおお!?」
「落ち着け」
「そっそそそそうそうじ?そうそそうじさまとそうのすけけけさまさま!さささまぁぁ!?」
「落ち着けって」
「な〃〇〆々えふっ&@〒★ぐらば₩☆!?」
公彦は動揺のあまり人語を忘れてしまったようだ。溜め息をついた吉正は酒瓶の一つを手に取ると、瓶の中身を公彦の頭に掛けた。頭から酒をかけられ、更に悲鳴をあげる公彦だが、その冷たさとアルコール臭で正気に返ったのか、奇声と絶叫はやんで人語を喋れるようになった。
「い、行かないと」
しかし、まだ完全に正気に返った訳ではないようだった。夢遊病患者のように扉に向かう公彦。吉正はその右手を後ろから掴み彼を静止する。
「待て、最上川が桐生の所に行って二時間になる。最上川が呼びに来ないし、何も音沙汰がない。恐らく成就したんだ。んで、真っ最中な所に出くわしたらどうする。気まずいだろ」
「ダァァァァァ、宗之助さまぁぁぁあ!」
無慈悲な吉正の言葉に、公彦は頭を抱え亀のように床に踞って絶叫する。吉正が話し掛けても、返ってくるのは無意味な言葉ばかり。その取り乱し方に呆れた吉正がソファーに座って待っていると、次第に叫び声が小さな啜り泣きに変わっていった。いままで誠心誠意仕えてきた主のアレソレに、よっぽど動揺しているのだろう。その動揺がある程度落ち着いたのを見計らい、吉正は公彦に向かってタオルを投げつけた。
「とりあえず、風呂に入れ」
その言葉に、頭でタオルで受け取った公彦は涙目で吉正を見上げていた無言で頷いた。
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