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悩み襲来(9)
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30分程たった頃
「ただいまー」
玄関から楽しそうな笑い声と共に、二人分の足音が隣の部屋に戻って来て、寝室の扉がガチャと音を立てて開いた。
「話込んでたら遅くなった。すぐ飯作るから…ん?寝てるか」
浅野はそう呟いて、ゆっくりと扉を閉じた。
「…」
俺は、被っていた布団からひょっこりと顔を出して閉じられた扉を見つめた。
寝てなんていない。
楽しそうな二人が、出て行った後で、どんな事を話していたのか気になって眠れなかった。
ダメだな俺。
風邪引いて、鼻も赤くて、顔色も悪い上に性格までどんどん不細工になって行く…
「はぁ…」
ため息をつくと幸せが逃げるって、やっぱり本当かもしれない。
俺は、吐き出したため息を吸い込む気力も無く、ぼんやりと天井を見つめた。
ートントン、トントンー
しばらくして小気味良い音がキッチンから聞こえて来た。一緒に二人の何やら話す声…
その内容に無意識に聞き耳を立てる自分がカッコ悪くて、聞こえない様に布団を頭から被り瞳を閉じた。
「篠原…飯出来たぞ」
ポンポンと、布団の上から肩を叩かれて、ゆっくりと寝返りをうった。
あ…俺、少しだけ寝てたのか…
「ん…」
布団の隙間から雑炊の良い匂いが入り込んで来て、ベッドから起き上がった。
「待たせて悪かったな。腹減っただろ」
「いや、大丈…」
ーぐぅ…ー
腹なんて空いてなかったはずなのに、美味しそうな雑炊を目にした瞬間、俺の腹の虫が小さく鳴いた。
あぁ…俺の腹の虫のバカ。空気読めよ…
「う…」
「はは、ほら……はい。口開けて」
浅野はスプーンの上に乗せた雑炊にフーフーと息を吹き掛けた後、俺の口元にスプーンを寄せた。
「え…でも…」
俺が、空いたままの扉の向こうを気にしながらそう言うと…
「あぁ…千尋ちゃんなら友達から連絡あったみたいで、もうコンサート行ったぞ」
そうだったのか。気付かなかった。
「だから、ホラ」
更に唇の近くに寄せられたスプーンを一度見つめて、口を開けた。
モグモグと口を動かして味わうと、病気の体に丁度いい優しい味が広がった。
「美味しい…」
「だろ?」
浅野は嬉しそうにそう言うと、再びスプーンで雑炊をすくって、フーフーと息を吹き掛けた。
「はい」
「い…いいよもう。自分で食べるから」
「照れんなって」
浅野はそう言いながら俺の反応をからかうように笑った。
こうやって部屋に押しかけられて、看病されて、ドラマの世界で見た事ある、フーフーってやつも本当は嬉しい。
それなのに…
「そりゃあお前は…こういうの慣れてるだろうけど」
口からついて出たのは、そんな可愛げのないセリフ。ますます自分で自分が嫌になる。
「慣れてる訳じゃない。むしろ初めてだからな、こんな事したの」
え…?
浅野に、珍しく苛立ちを含んだ強い口調でそう言われて体が強張る。
「俺の事誤解しすぎ。言っとくけど、風邪の恋人の家に押しかけて、看病するのも初めてだし、そもそも男と付き合う事自体初めてで…」
「っ…」
ダメだ、今そんな事言われたら…
「篠原お前…どうした?」
浅野が、ふとスプーンを置いて俺の顔を覗き込んだ。
その指先が俺の目尻を滑り、潤んだ瞳から涙が溢れていた事を伝えた。
「ごめん。俺…」
「…言いたい事、全部吐き出せ。ちゃんと聞くから」
浅野の手のひらが俯いたままの俺の肩に触れる。
「っ…不安だったんだ。今はこうやって付き合ってるけど、今まで浅野は女の子と付き合って来た時間の方が長いから…何をするにも、女の子と比べられる気がして…っ」
ポツリポツリと、本当に絞り出す様に言葉を繋げた。
「だから、妹の事も言おうとしたけど言えなかったんだ。イケメン好きな妹が、お前の事見て興味持たない訳が無いと思ってたから…実際、案の定お前の事気に入って、お前も楽しそうだったし…妹までライバル視してたなんて知られたら、きっと面倒くさいヤツだって嫌われるって思って…」
言葉を詰まらせ俯いたままの俺の手を、浅野がそっと握った。
「お前さ、不安なのは自分だけだと思ってるだろ?」
その、俺を諭す様な言葉にハッとさせられる…
「俺だって、男と付き合うの初めてで自分自身戸惑ってる…こんな手探り状態なままで、お前が今まで付き合って来た相手と比べられるのは、正直嫌だし、不安だよ」
「浅野…」
そうだよな。浅野の戸惑いや不安は、俺には計り知れない…
男同士だっていう壁の高さだって、元々恋愛対象が男の俺が感じてる高さと、浅野が感じてる高さはきっと違う…
それでも、浅野はこうして俺の所まで、いつでも越えて来てくれてるんだ。
それなのに俺は…自分だけが悩んでるんだと錯覚して、自分の殻に閉じこもってた…
「でも、悩んだり不安になるのも、好きだからだろ?だから面倒くさいなんて思わないし、嫌いになる訳がない。それに…今日千尋ちゃんのおかげで気付いた」
俺の手を握る浅野の指先が俺の指先に絡まった。
「俺、お前と一緒に居る事が当たり前になってる」
「それって…」
「隣に並んで歩いたり、話しながら笑い合ったり、お前とじゃなきゃ調子が狂うみたいだ。何をするにも、お前とがいい」
俺とがいい。
その短い言葉に、浅野が俺を求めて、選んでくれたんだと、胸が熱くなる。
「俺も…浅野がいい」
思わず。零れ出すように、そう言った。
絡まった互いの指先をギュッと握り合って…
「恋愛って難しいって言ったけど、本当はきっと簡単なんだよな。一緒にいたいって、お互いがそう思っていれば、それでいいんじゃないか」
「うん…」
「じゃあ…はい」
浅野は突然俺の口元に、スプーンを差し出した。
素直に口を開けると、俺の口の中に入ると思っていたスプーンは、くるりと向きを変えて、浅野の口の中に収まった。
「っ…なんだよ、もう…」
めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないか。
「はは…引っかかった」
嬉しそうに笑う浅野を睨みつけた後、思わず笑った。
「やっぱり笑った顔が一番だな。だからもう、一人で抱え込むなよ。悩むなら、俺にも背負わせろ」
「ありがとう」
俺が、また涙腺が緩むのを堪えながらそう言うと、再びスプーンが口元に寄せられた。
「……」
また引っ掛けられるんじゃないかと、疑いの眼差しを浅野に向けると、笑われた。
「もう、信じていいから」
「ん…」
俺が、ゆっくり口を開けると、ちゃんと、俺の口の中にスプーンが入って来た。
不思議だ。
こうやってお互いの気持ちを確かめる事が出来たのも、千尋の件があったからなんだよな…
「なぁ…千尋お前に迷惑掛けなかったか?」
グイグイ浅野に聞いてたから、無理やり連絡先ぐらい聞いてそうな気がする…
「いや。兄貴思いのいい妹だったぞ。そう言えば…ははっ」
「な…何だよ?やっぱり何かやらかしたのか?」
慌てて浅野に問いかけると、
「お前に、可愛い女の子紹介してやってくれってさ」
浅野は苦笑しながらそう言った。
「あいつ…余計な事を…」
「紹介してやるよ」
「え…?」
戸惑う俺の顔に、浅野の顔が近づいて、コツンと額が合わさる。
「お前より背高いし、筋肉もあるし、まぁルックスもベッドでのテクニックもそれなりな、浅野ってヤツなんだけど、どうだ?相性バツグンだと思うんだけど」
浅野はそう言って、楽しそうに笑った。
「…完ぺき」
そう言った俺の唇に、そのままキスしそうになる浅野の唇を手のひらで塞いだ。
「…風邪移るぞ」
「風邪も、二人仲良く半分こしようぜ」
結局、そんな浅野の言葉にほだされて…
塞いでいた自分の手のひらを、ゆっくりと下ろすと、お互いに引かれ合う様に、唇が重なった。
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