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男はそこまで言うと、言葉を切った。
かと思うと、突然頭を抱え、その場に蹲る。
「…あ、ぁあ、あ…」
男は何かに怯えるように、開いた口から、小さく声を漏らす。
その口から、何かが這い出てくる。
黒い、細長い紐状の生物。
それらはびちゃりと床に落ち、頭上の照明の光を浴びて、ぬらぬらと光る。
眠たい目を擦りながら、少し近付き、目を凝らしてその生物を見て……思わず、ひっ、なんて高い声が漏れる。
床の上を水音を立てながら、黒く蠢くその正体はーー血に濡れた、真っ黒な蛇。
「う゛、ぇ……あ゛、あぁ…っ」
男は苦悶の表情を浮かべながら、口から蛇を吐き出し続ける。
その動きが止まったのは、もう何十という数の蛇が出て来た後だった。
男は最後に、うっと呟いて、目を開けたままその場に倒れ込む。
固唾を飲んでその様子を見守っていたが、どうやらその身体が動くことはもう、ないようだった。
「……」
かなりの衝撃に、暫くは何も言う事が出来なかった。
霊とはいえ、人の形をしたものが、目の前で事切れたのだ。
それも、先程まで普通に話していた相手が、突然。
ショックを受けないでいろという方が、無理だろう。
「ーー余計な事を、喋ろうとするからさ」
「…っ⁉︎」
突然、背後から聞こえてきた声に、びくりと身体が跳ねる。
慌てて振り向けば、そこにはいたのはーー人形のように整った顔立ちをした、綺麗な長身の男。
一目見て、人間ではないと分かった。
その男は涼やかな笑みを浮かべると、血のように赤い瞳を細めて、逢坂へ視線を向けた。
「…久し振りだね、鈴」
「……っ、お前…!」
少し離れた距離からでも、逢坂の身体が震えているのが、分かる。
その見開かれた瞳は、黒く澱み、憎悪に満ち溢れていく。
明らかに異常な様子に、慌てて側へ駆け寄ろうとすれば、来るな、と強めの口調で一喝され、動きを止める。
一体どうしてしまったのだろう。
そう考えて、はっと一つの考えに思い至った。
もしかして、逢坂のずっと探していた人って…。
「まさか、…お前の方から出向いて来てくれるとはね」
「……久し振りに、君に逢いたくなってね。…それにしても、君がこんなに美しい青年に成長しているなんて、驚いたよ。会えて嬉しい」
「…奇遇だね。俺も、会えて嬉しいよ。…黒燕(こくえん)」
黒燕、そう呼ばれた男は、整った唇を歪め、その隙間からちろりと赤い舌を覗かせた。
「名前、覚えていてくれたんだ」
「…当たり前だろう。この十年間、一時だって忘れたことはなかった」
「……へえ、それは嬉しいなあ。僕も、君と別れてから十年間、ずっと君の事を想ってた。逢いたくて逢いたくて、堪らなかった」
男の舌が、僅かに動く。
次の瞬間、その舌が逢坂の身体目がけて、凄い速さで伸びた。
流石に予想外で、避けるタイミングがずれてしまったらひく、逢坂の身体はその赤い舌に、絡め取られてしまう。
「…捕まえた」
「……っ」
逢坂は悔しそうに顔を歪めると、じたばたと手足を動かし、何とか抜け出そうと藻搔く。
見ていられなくて、堪らず駆け寄ろうとすれば、逢坂は先程より大きな声で来るなと叫ぶ。
「駄目だ、来ちゃ駄目…!早く、ここから逃げて!」
「っでも、逢坂が…」
「俺はいいから、早く!」
逢坂を置いて逃げたくはない。
けれど、自分がここにいても、何かを出来るとは思えない。むしろ、足手まといになってしまうかもしれない。
「…早く逃げたら?…邪魔なんだよね、君」
黒燕が、くすりと笑って、こちらに右手を向ける。
その手が一瞬にして、赤い炎を纏ったのを見て、どくんと心臓が跳ねる。
ーー逃げなきゃ、殺される。
「早く逃げて!…お願い、君を……っ失いたくない…!」
逢坂の瞳から、一粒、雫が零れ落ちる。
『あの時みたいに、俺の知らない内に君が奴の毒牙にかかってしまったら、そう考えると…』
いつか、逢坂が言っていた言葉を思い出す。
その言葉と今とを重ね合わせれば、バラバラだった欠片が、繋がっていく。
俺が霊を助けようとした時、異常な程に怒ったのは、きっと。
誰かを失う事を酷く恐れているのは、きっと。
この男を憎んでいるのは、きっと。
この男に、黒燕にーー大事な人を奪われたから。
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