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one's roots 最終章
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例えばあなたが生きていたら。
俺にどんな声でどんな言葉をかけてくれただろう。
あなたにどんな言葉を返し、どんな顔をしただろう。
青天にかかる薄い雲をぼんやりと見上げ、俺はそんな事を考える。
もうすぐ俺の誕生日だ。
「こんなとこにいたのか」
「あ…、うん…」
理由は分からない。
だけど毎年、自分の誕生日が近付くと決まって憂鬱になる。
周りに"おめでとう"と言われても何がめでたいのか分からないまま"ありがとう"と返す。
これは挨拶みたいなものだろうと割り切ってあまり気にしないようにはしていたが、やはり今年も気分は変わらない。
「どうかしたのか?まさか、体調が悪いのか?」
庭のイスに腰をかけて空を仰ぐ俺の顔にブラッドの影が差した。
少し眉を下げ、心配そうに俺を見下ろす彼に申し訳ない気持ちになる。
「そんなんじゃないって。もうすぐ俺、誕生日なんだけどさ。毎年この日が近付くとなぜか気が滅入るんだよ。…ただそれだけ。」
そう。それだけ。
たったそれだけの事に毎年滅入る俺もどうかしてる。
こんなどうでもいい事を聞いたきっと彼も呆れるだろうと思った。
けどブラッドはその予想に反して難しい顔をし、腕まで組んで真剣に何かを考え出す。
「良い事とは言えねえな、それは。昔何かあったのか?」
「!別にこれと言って原因がある訳じゃないんだ。気にしなくていいから」
まさかの答弁に俺は慌てて取り繕った。
この事を真剣に聞いてくれたのはブラッドが初めてで、戸惑いもするけど何だか嬉しい。
それだけで俺には十分だ。
「毎年そんな思いをしてんなら気にするべきだろ。俺達魔女にとって生を受けた日ってのは試される日でもある。」
「試される…?それって何を?」
「人によって様々だが、大抵はそいつが抱えてる心の闇が浮き彫りになるんだ。そしてそれは解決しない限り何度でも自分を苦しめる。何か思い当たる点はないか?」
"苦しめる"なんてそんな大層なものじゃなく、単に漠然とした疑問程度に過ぎない。
けど真剣な彼の問いかけに誘われるようにして俺は頭の中に重く腰を据えている事柄を口にした。
「……産みの…母親の事を考える。でもそれは当たり前だろ?俺は母さんを覚えてないし、なんで俺を産んだんだろうって…」
「"なんで産んだ"?……お前、前に"生まれてこなきゃ良かった"って言ったよな。覚えてるか?」
「え、そうだっけ?」
「お前が白羅だと解った日だ。無意識で言ったのか?」
「…………分からない。よく…覚えてないから」
マザーの屋敷での事は俺自身相当混乱してて、何を話したのかあまり覚えていない。
でも不思議と抵抗は感じなかったのは確かだ。
「それが何か関係あるの?」
「…かもな。俺達は普通の人間と違って誕生日を祝う習慣も、喜ぶ事もない。それは誰一人そう感じないからだ。だが誇りは感じる。無事に生まれ育った自分に対する誇りだ。それは人間に紛れて育った魔女ですら持ち合わせてるらしい。」
「誇り……。」
「あぁ。それは誰に教わる事でも無く、魔女の血を継ぐ者なら生まれ持った性質なんだと。それがどういう訳かお前には無いようだな」
魔女なら当然の事が俺には備わっていない。
かと言って今更"魔女じゃなく普通の人間"だという選択肢もなく、俺は彼の言いたい事が理解できず首を捻る。
「お前は、自分のせいで母親が死んだんだと思ってねえか?」
「……!!」
「子を産むってのは女にとって命懸けだ。産んですぐ死んだんなら尚更そう思っても不思議じゃない。特にお前の性格を考えると…な。」
「……。あんたはなんでいつも、そうやって俺の考えを言い当てるんだよ。なんかムカつく」
「ははっ、俺に隠し事なんか100年早いぜ?……行くか」
「え?どこに…?」
「お前の出生を探る旅に。」
彼は得意気にニヤリと笑う。
それがどこか心を擽って胸が高鳴った。
自信家で信念の強いブラッドは不可能な事でも無理やり可能にするだけの力を持っている。
俺には無いものをたくさん持ち合わせた彼はいつも眩しく見え、その度に気劣りも感じるがどうしようもなく惹かれる。
そして今もまた、彼の端麗な笑みに心惹かれながら素直に頷く。
・・・早く、ここまでおいで・・・
「っ!?」
「ん?」
「あ…、何でもない」
ふつりふつりと頭に湧いては消える黒い泡が何かを告げた。
それは村で禍に触れた時からずっと根付いてるものだ。
気にしないようにはしてるけど、ふとした時にそれは現れ次第に大きくなってる気がする。
「っ…、母さん達に引き取られるまで居た修道院の場所なら知ってる」
「だったらそこからだな」
いつまでそれに目を瞑っていられるか。
幸せの影から、その黒い物はいつも俺を手招きしていた。
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