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----side 真島『鈍感王子の世界』
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「う、梅乃くん…っ。梅乃くん」
名前を呼ぶだけでドキドキする。
はぁ、と俺は熱くなる顔を冷ますようにため息を吐き出す。
「…僕田中だけど」
「えっ」
「でも真島くんがそういうなら今日から僕ウメノくんでも…っ」
「わっ、ごめんっ。違うんだ。君はずっと田中くんでいてほしいな」
慌ててそう言ったら、俺のクラスの委員長である田中くんはヒャッと言ってどっかに走っていってしまった。
いけない、変な人だと思われてしまったかもしれない。
考えていることが口に出てしまっていた。
それより委員長は俺に何の用だったんだろう。
「あ、あの真島くん」
ふいに隣の席の女の子に声を掛けられる。
「あの…委員長、プリント渡しに来たんだと思うよ」
「え、ホント?」
言われてみれば床にプリントが落ちている。
走り去った時に風で床に落ちてしまったらしい。
隣の子はそれを拾って俺に渡してくれた。
「ありがとう」
「わ…えっと…どういたしまして」
そう言って真っ赤になってしまった。
この隣の席の子は極度の赤面症らしく、話す度にいつも顔が真っ赤になっている。
きっと人と話すのが苦手な子で、俺も正直そこまで得意な方じゃないから、気持ちはよく分かる。
「あ…あのね。実は私、このあいだの引退試合見に行ったんだけど…」
「ああ。来てくれたんだ」
「うん。それでね…その、一応隣の席だし…あの、差し入れを頑張って作っていったんだけど…渡せなくて」
そう言われて、あの日高瀬くんが「お疲れ様でした」と言って髪を撫でてくれた事を思い出す。
まさか試合を見に来てくれるなんて思いもしなかった。
高瀬くんには何で言わないんだって怒られたけど、俺は正直誘うなら一緒にいられない部活の時間よりも、一緒にいられるデートに誘いたい。
なんて思い返したら前にデートした時のことまで蘇ってきて、もうドキドキしてしょうがなくなる。
ああもう大好きだ。早く会いたい。
実は今日は特別な日で、まだニ限目だけど高瀬くんに会うことが出来る。
俺はソワソワしながら窓の外を気にする。
「そ、それでね。お菓子なんだけど…また頑張って作り直してね…」
ふと高瀬くんの気配がしてバッと振り返る。
窓の外に広がるグラウンドに、数人の生徒が出てきている様子が見えた。
「ごめんね」
俺は何か言ってる隣の席の子にそう言うと、サッと窓から外を見下ろす。
少し待ってたら、予想通り高瀬くんが出てきた。
ジャージ姿だ。可愛い。
やる気無さそうだ。可愛い。
そう、今日この時間は高瀬くんのクラスは体育だ。
彼の姿をじっと見ていられる、貴重な一時間。
「真島、どうした」
夢中になって見ていたらいつの間にか授業が始まるところだったらしく、数学の先生の声が飛んできた。
すみません、と席に座ったら、眼鏡の奥の瞳が心配した様子に変わる。
数学の先生には少し目を掛けてもらっていたから、この時期だし何か言われてしまうかなと思ったけど、特に何を言われるでもなく授業が始まった。
授業中もずっと気になって、こっそり窓から高瀬くんを見下ろす。
幸せだ。その姿を目で追うだけで、堪らなく好きだって気持ちが溢れ出してしまう。
ものの数秒に感じられたニ限が終わり、三限目は移動教室だった。
ユキと一緒に理科室へ向かっていると、俺の目の前に数人の知らない女の子が立ちはだかる。
「あ、あの真島先輩っ。この間の試合見に行きましたっ」
「ああ、そうなんだ。どうもありがとう」
きっといつも部活の応援に来てくれている女の子達なんだろう。
この学校はバスケ好きの女の子が多いから、バスケ部員として勝利を飾れたことでたくさんの人に喜んで貰えた気がする。
「それで…差し入れを渡そうと思ったんですけど――」
「ちょっとあなた達」
不意に飛んできた別の声。
また知らない女の子の集団が来て、俺の目の前の女の子たちに詰め寄るとどこかへ連れて行ってしまった。
よく分からないけどなんか怖かった。
内心ビクビクしてしまったけど、絡まれなかったことにホッとする。
「よし、よくやった。親衛隊」
「え?」
ユキの言葉に首を傾けると、何事もなかったようにいつものふわふわとした笑顔を向けられる。
「あ、あのね、奏志。俺もこの間奏志に言いたかったんだ。…でも言えなかったから。今、改めて言っちゃダメかな」
「うん、どうしたの?」
ガラス細工のように綺麗な青い瞳が俺を捉えて、ほんの少し不安げに揺れる。
ユキの言葉はちゃんと聞きたい。
何か言いたいことがあるなら、心配事があるなら、相談に乗ってあげたい。
「えっと…まずは…おめでとうございます。それから部活、お疲れ様…です」
どこか辿々しい口調でそう言われた。
ユキの真っ直ぐな気持ちが伝わってきて、俺は思わず微笑んでしまう。
「どうもありがとう。ユキにそう言ってもらえるの、凄く嬉しいよ」
「――わ」
何か驚いたようにユキの瞳が見開いて、固まってしまう。
あれ、と少し首を傾けると、ユキは慌てたようにサッと視線を逸らして顔を俯かせてしまった。
「俺…奏志と友達になれてほんと良かった」
「どうしたのいきなり。俺もそう思ってるよ」
俯いているせいで表情は見えないけど、俺の言葉にユキは少し身じろいでギュッと胸を掴む。
本当は俺の方は友達どころか、一番の親友だと思ってる。
ユキがそう思っていなかったら寂しいから、それは伝えないけど。
「…はぁ、あいつはこれ以上を貰ってるんだよな…」
ぽつりと呟かれた言葉が聞き取れなくて、その顔を覗き込む。
ユキはまた慌てたようになんでもない、と言った。
理科室へ行く時と同様、帰りも数人の女の子に話し掛けられたが、その度に現れる他の子に妨害されて結局俺が会話をすることはなかった。
よくあることだけど、俺の周りにいる人達はなんだかいつも忙しない。
でもそんなことはどうでもいい。
あと一時間。
あと一時間待てば、昼休みになって高瀬くんに会える。
四限を終えて、待ちに待った昼休みとなる。
今日は普通科と一緒の時間で、俺は予鈴が鳴ったら一番に教室を出る。
走りたかったけどお弁当が崩れてしまったらいけないので、大事に鞄を持ちながら歩く。
途中でなんか話し掛けられた気がするけど、今は構っている暇はない。
教室の外でどうしようもなくドキドキしながら高瀬くんを待つ。
教室の扉が開く度に高瀬くんじゃないかと心臓が跳ねて、違うとすごくガッカリする。
次こそは、と開いた扉から日比谷くんが出てきて、すごくガッカリする。
「相変わらず失礼な奴だな」
「うん…ごめん」
「この流れ二回目なんだが」
バシッと俺の背中を叩いてから廊下を歩いていく日比谷くんを見送って、またドキドキしながら待つ。
高瀬くんを待つ時間はすごくもどかしいけど、それでも必ず会えると分かっていれば待つ時間も愛おしい。
数人の生徒にガッカリした顔を向けてしまった後、ようやく待ち望んでいた高瀬くんが顔を出した。
ぶわっと風が吹いたように、一気に世界が変わる。
周りの音も、景色も、全てが色を変えて輝き出す。
あっという間に高瀬くんを中心に、キラキラとした世界が作られていく。
「待たせて悪い、奏志」
「――えっ。えっ!?」
聞き間違いだろうか。
ポカンと見返したら、高瀬くんは小悪魔のように愛らしい表情で俺に笑いかける。
「嬉しいか?俺もお前のこと名前で呼んでやろうかなって」
そう言ってもう一度俺に向ける笑顔は本当に太陽のようにキラキラと眩しくて、俺の高瀬くん我慢メーターが一瞬で振り切れて爆発する。
堪えきれず人前ということも忘れて、ガバッと抱きついてしまった。
その後高瀬くんの機嫌を損ねてしまって「もう二度と名前で呼ばない」と言われて大泣きすることになるわけだけど、それでも今の俺は幸せでどうしようもなかった。
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