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カチャリと屋上の扉を開ける。
気持ちのいい風が髪を揺らして、まだ真っ青な空が視界いっぱいに広がる。
高校時代の昼休みのほとんどを過ごした屋上は、卒業してからもなんにも変わってない。
今思えば誰が来るかもわからないこの場所で、よくもまあイチャコラしてたなーなんて思う。
だけどそれくらい俺達には時間がなくて、いつでもお互いを求めて必死だった。
「…ここにくると梅乃くんにいつも触りたくて…我慢するの大変だったなぁ」
それは驚きだ。
どうやら自分では我慢出来ていたつもりらしい。
というかここ以外でも我慢してなかったっつの。
「へー。今は落ち着いた、みたいな口ぶりだな」
二人でフェンスまで歩きながら、横目でじとっとその顔を見遣る。
奏志はハッとしたように俺を見つめてから、困ったような顔で笑った。
「…ご、ごめんなさい。本当は今もすごく触りたくて堪らないです。大好きで…すごく大好きでいつも梅乃くんのことで頭いっぱいで――」
「さ、触らせねーぞさすがに今はっ」
「あっ、え、えっと違くてっ。だ、大丈夫っ。変なことしないよっ」
アタフタしてるが、それいつも変なことする時のテンプレセリフじゃねーか。
これにちょっとだけとか言い出したらもう頭真っ白になってるいつもの奏志だ。
二人並んでフェンスからのんびりと景色を見下ろして、ここから見渡せる校内をしっかりと焼き付けておく。
きっともう二度と二人でこの場所に来る事はないだろう。
「…俺はここにくるといつも胸が苦しかったかな」
「――え」
ほとんど呟くように風にのせた言葉だったが、奏志はちゃんと聞き取ったらしい。
唖然としたように俺を見てきたから、慌てて言葉を付け足す。
「ほら、お前と別れるつもりだっただろ。今だからぶっちゃけるけど俺は高二の時にはもうお前の事好きだったんだよ」
「…っ」
真ん丸な目で見つめられた。
驚きすぎだろ。
だけど本当の話だ。
よくも卒業式までコイツに思いを打ち明けないで我慢してたな、と思う。
本当は伝えたくて堪らなかったし、何度も言おうと思った。
だけどその度にコイツの未来を考えたら、とその言葉を飲み込んだ。
結局卒業式で奏志に絆されたわけだけど、もしあのまま別れる未来を取っていたら俺は今頃どうしていたんだろう。
案外とっくに奏志のことを忘れて新しい彼女でも作ってたりして。
なんて考えて、すぐにそれはないなと自分で確信する。
だからこそ俺は奏志と一緒にいる未来を選んだ。
「…っう…っく」
不意に隣から聞こえてきた声にギョッとする。
え、なんか泣いてんだけど。なんで。
「う、梅乃くんの気持ちに気付いてあげられなくて…っ、お、俺苦しい思いたくさんさせちゃって――」
みるみるうちにぼろぼろ流れ出す涙が奏志の頬を濡らしていく。
説明会であんなに堂々としてかっこよくて、数学教師とお前ら英語喋ってんのかよってレベルで意味不明な会話してたくせに、マジであの態度はどこいった。
「あーもー、すぐ泣く」
「…っご、ごめんなさい。でも…っ」
「まあでもお前の涙見んの久しぶりかも。高校の時はよく泣いてたよな」
「そ、そうだったかなぁ…」
あれだけ泣いててよくすっとぼけられるな。
鼻水啜りながらあっという間にヒグヒグしゃくりあげてるその涙を、スーツの袖で拭ってやる。
それでも奏志の涙は止まらなかったが、今の俺はコイツの涙の止め方をちゃんと知っている。
ああ、ちなみに笑顔を見せるとか、好きだって言ってやるのは逆効果だ。
この場面でそれをしたら感動して余計に泣く。
「ほら、もう泣くな」
「うん、ごめんね。で、でも全然止まらなくて――」
「あんまりビービー泣いてると家帰ってエロいことさせねーぞ」
ピタッと止まった。
屋上から戻り、帰ることを伝えるため職員室へ寄る。
数学教師が相変わらず鋭い眼鏡を光らせながら俺達の元へときたが、奏志の顔を見ると怪訝そうに眉を寄せる。
「…お前高瀬に虐められてるんじゃないだろうな」
「ええっ!?」
失礼なやつだな。
どうやら奏志の目が赤くなっているからそう思ったらしいが、久々の場所に来て感極まった線を先に追ってくれ。
どんだけ俺はこの教師の信用ねーんだ。
その後御礼の品を貰って、奏志が簡単に挨拶をする。
「ではまた何かありましたら声掛けてくださいね」
「ああ。遠慮なくそうさせてもらう」
「では失礼します」
そう言って深くお辞儀をした奏志にならって、俺も一応頭下げとくかとペコっと浅くお辞儀する。
それにしてもまさかこの数学教師が七海の次の被害者とか。
三年間で笑顔の一つも見せたことのない無愛想教師のどこを好きになったのか俺には謎だが、まあよく考えりゃそれは奏志にも言えることだ。
人が誰を好きになるのかなんて全く分からない。
帰ろうと背を向けたら、ふと何か思い出したらしい数学教師に引き止められた。
「…ああ、そういえば高瀬は最初に会ったが七海が真島にも会いたがっていた。今はもう授業が始まっているから会わせてやれないが、一応伝えておく」
「わ、本当ですか。七海くんに今日会えなかったので嬉しいです。連絡しておきますね」
「――ああ。きっと喜ぶだろう」
そう言って数学教師は今までにみたこともない優しげな表情で、ふわりと微笑んだ。
七海の運命の人ってのはあながち間違いじゃないのかもしれない。
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