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だから、な。
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かたん ぐらり
田舎道を走るバスは時々道の凸凹だとか
けもの道だとかにつまづいて揺れる
真っ暗な画面をじっと見て考えるのは斜め後ろにいるあいつのこと
直毛で硬い俺の髪とは正反対の
空気を含んだような天パ。
少しおもたそうな前髪
上着には猫の毛がついていて
笑うのが下手
口角を下げて笑う癖があるのか笑うとへにゃへにゃと困り顔になる
俺は自分の悪癖を理解している
つい、口から出てしまうのはそんなつもりじゃなかったものばかりで
このまま話していたら嫌われてしまうということを察知し逃げ出してしまう
それでもこいつはそんな俺に自分から話しかけてくる数少ない人間だ
いつからだったか
こいつと話すようになったのは
ふわふわとしたあいつはよくクラスのやつにからかわれていた
それをあの困ったような笑みで返して場の空気を保っていた
言い過ぎる俺と違ってこいつは言い過ぎない
いや、言わな過ぎる
怒りも悲しみも喜びもあまり感じられない
実際感じていないのかもしれない
でも、ある時放課後の教室で呆けていると
いつの間にか俺とあいつの二人きりになっていた
「ね、どう思う」
は?
「変なやつだと思う?」
お前を?
「うん」
いきなりなんだよ
「ね、いいから」
別に、周りに馴染んでるし
遠目で見てる分には普通の人って感じだ
「へぇ、そう見えるんだぁ
私にだって、感情はあるのになぁ」
どうしてこうなってしまったんだろう
とでも思っているような
表情は変わらないのに感情が少し見えた気がした
「ふふ、友達って一体何でできているのだろうね」
大体はタンパク質だろ
「確かに
あいつらただのタンパク質だー」
思わず零したのだろう
初めて聞いたそいつの愚痴は
ドロドロも、ベタベタもしていない
空気を含んだようなその髪と同じような柔らかさだった
そうか、あの時から俺とあいつは話すようになったんだ
そしてある時あいつは聞いてきた
あいつを名前で呼ばない俺
理由は中学の頃の好きだったやつと同じ名前なんだと言った
だから名前で呼ぶのは少しハードルが高い
けどあいつは理由を聞いたあとも何だか不満げな顔をしていた
……どうしたもんか
今日のあいつは少し不機嫌だったよな。
んー、いっそあだ名で呼べば…?
でもあいつが周りから呼ばれているあだ名はあいつを馬鹿にするようなものばかりだから正直それで呼びたくはない
それならばいっそ作ろう
と、言うことで留めるのトに兎のトで、トトと呼ぶことにした
俺が
トト
と、呼ぶと
「ん?なぁに?」
と、帰ってくる
消しゴムを拾うと
「ありがとう」
と言う
あぁ、目に毒だ……
日に透ける髪が
光を反射する瞳が
消しゴムを俺の手のひらから持っていった白い手が
俺と対局的に見えて
なぁ
「ん?なぁに?」
お前は、俺を呼ばないのか?
「…ぅ………翔夏………………ね、ち、ちょっと……恥ずかしい……」
なんだよ、俺が呼ばないと不機嫌になったくせに
「ぅ……そんな意地悪言わないでよ…」
ふ、悪い
その顔、面白いんだよ
「面白いって……失礼だな!」
頬を膨らませるその顔がさらにおかしくてくつくつと笑う俺をじとっと見つめる
「もー、翔夏!」
……っおぉ、呼べるようになったか
「最初だったから恥ずかしかったんだ」
なるほど。
ドヤ顔で俺の名前を呼ぶトトは夕方の空のようだった
日が暮れて田舎特有の本数の少ないバスに乗り込む
時間によっては誰も乗っていない時なんかがたまにある
そんな時にガラガラに空いたバスのソファ席にこっそり二人並んで座ったことがある
動物園を過ぎたあたりでちらほら人が乗ってきたが
楽しくて珍しく饒舌になってしまったのを覚えてる
少し声を潜めて、自然と笑みがこぼれる時間だった
俺が先にバスを降りるからバスの中にトトを置いていく形になる
帰り際にトトがまた明日と手を振った
なんて言っていいのかわからないけど胸がぎゅうっとなって複雑な気分でそっと手を振り返した
パン屋に置いてあるあの甘酸っぱいジャムのような思いだった
離したくない
そばに居たい
実の所、俺に好きな人なんていなかった
きっと、留兎が特別なんだ
俺の初めての特別
…………っ大好きだ
「おはよう」
あぁ、お前今日バスか?
「うん。
母さんが骨折っちゃって」
トトは母がこっちに務めているという理由で母の運転する車に乗って登校している
そのためバスでの登下校は少し珍しい
早く治るといいな
「……うん」
…………おはよう。
「ふふ、うん」
あまり元気がない
それはそうだ、親が怪我をしているのだから
どのくらいなんだ
「え?」
骨。
「あー、1ヶ月くらい入院で
退院しても数週間は痛みで動けないって」
じゃあ2ヶ月くらいバス通か
「うん」
嬉しいと思っては行けないのだが
……少しだけ、嬉しい
卒業まで半年もない今
一緒に帰ることが出来るのは、やはり……うん。
「あー、そう言えば翔夏はもう就職決まってるんだもんね」
あぁ
「来週面接なんだー……」
大丈夫だろ
トトは口が上手いし
「そうかな
うん。頑張るよ……」
…………がんばれ
「……うん
ありがとう翔夏」
……あぁ
俺の面接の前日もこうやって応援してくれたな
そのおかげで受かったのではないかと言うくらい当日は調子がよかった
笑顔も自然にできた
だから、俺じゃあ用は足りないだろうが少しでも力になりたい
その気持ちはきっとトトが好きなのとは関係ない所で働いている感情だろう
なぁ、トト
好きだなぁ……
どうしたらいい?
どうしよう
好きだ
卒業したらお前とはもう二度と会わないのかもしれない
俺はあまりクラスにも関わっていなかった
こんな希薄な関係のやつを同窓会なんかには呼ばないだろう
でもだからこそ
俺は褪せずに想い続けるんだろう
会話が出来る今
卒業するまでの数ヶ月間
俺は離れたくはない
心の中にとどめる
想いも思いも
だから
また明日が来るんだろう、な。
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