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余命いくばくもない彼の心臓
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もうちょっとで死ぬ
なんだか少しも実感は湧かない
でも、本当に俺はもう死ぬんだ
「アップルパイと季節のフルーツのムースにえっと、タルトタタンと、ショートケーキ!」
「随分財布に優しくねぇやつだな」
「もう死ぬんだから最後の出費だと思ってくれればいいよ!」
「またそうやって……
言っとくけどな、その最後の出費はこれで五回目だぞ」
「えー?じゃあダメなの?」
「……いや。買うけどよ」
「ほら
もう死ぬからって優しいじゃん」
「別に死ぬからじゃねぇよ
好きなやつのことは甘やかす質なんだよ」
「嬉しい事言ってくれるね
結婚しようか」
「式の日取り決めてる間に死ぬだろうが
俺はこんな歳で未亡人になるのかよ」
「可哀想に」
「うるせぇ
とりあえずケーキだな
ケーキを買ってくればいいんだな?」
「えへへぃ
やったぁー」
病室を出たあと
枯れたと思っていた涙が頬を伝って落ちた
それを拭うこともせずに病院をあとにする
俺の恋人は、もうすぐ死ぬ
絶対に死ぬ
助かることは無い
俺みたいな大男が泣いているのがなんだか滑稽に思える
考えては行けないことが思考を支配する
あいつが最後に食べたいとリクエストしたものは
俺とあいつで食べたものばかりだ
毎年ケーキを買って食べていた
何とも無しにケーキを食べていた
お前、死ぬ前にそんな沢山食べられるわけないだろ
残ったケーキ全部俺に食べさせる気かよ
胸焼けしちまうだろうが
毎年通っている菓子屋はこじんまりとしたレンガの家で
入ると店主の女がこっちを見てくる
「あれ、早くない?」
早いというのは毎年ケーキを買っている時期と今のズレを言っているのだろう
「俺のツレが最後の晩餐にここのケーキを所望してるんだそうだ」
「……それは光栄だわ」
目を伏せて、でも調子を変えずにそういう
ぶっきらぼうな対応は変わらない
それが安心するのかもしれない
「アップルパイ
フルーツムース
タルトタタン
ショートケーキ」
「分かったわ
……二人で食べたケーキなのね」
「そうだな。
ここにも世話になった」
「当たり前よ
あたしのケーキは美味しいもの」
「確かにな
……唯一2人が好きなものだ」
好物が噛み合わない俺たちが
唯一共感し合えた
ここのケーキはたしかに美味い
腕を認めざるを得ない
「いつ取りに来るの」
「……来週の今日だ」
「…分かったわ」
この奇病が初めて現れた時
それはニホンという国が亡くなった年だった
植物の蔦が心臓に絡みつき、開花と共に命を落とすこの病はその国の呪いと言われたこともあった
未だ原因は解明できておらず
治ることは無い
しかも地上にあるようでないその花は宿主が死んでも決して枯れることはない
Curse of the lily to wait for death
と呼ばれるこの病は
死に様の美しい奇病として知られた
記者として仕事をしていた僕にとってこの病は非常に興味深いものであったからそれこそありとあらゆる情報を集めた
そして、今ある情報全て集めた時気づいた
curse of Lilyの初期症状に
初めに動悸
次に鼻血
その次に痺れ
そして、体のいずれかの血管からの発芽
「……ぃ…いった…なに、これ……ぅ…」
激しい痛みに耐えながら引き抜こうとした
しかしそれは左手首の血管から小さく出ているだけのはずなのに引っ張ると背中や肩も傷んだ
根はもう既に体中に張っている
あとは蔦が心臓に絡みついて開花するまで
それしか時間は残されていないことを悟った
伝える相手なんてもはや俺には一人しかいなかった
もはや残せる物など心臓に花開いた百合くらいしかないが
彼が受け取らないはずもなかった
僕の最後のひとひら、彼に渡して損は無い
「……おい、ほら持ってきたぞ
このアップルパイは出会ってすぐ見つけたんだったな
お前が美味しいらしいって言うから、俺はできるだけ長く一緒にいたくて来年の記念日に食べようなんて言ったんだった
フルーツムースは、すっかり記念日のことを忘れてたお前がたまたまその日に俺と食べるために買ってきてたんだ
ひどい話だよ
でも、美味しかったな
タルトタタンは、そうだな
あの店主がやたら勧めてきたから二人分買ったんだ
これ、そこそこ高いよな。でも想像以上に美味くて
あぁ、ショートケーキは
たまには普通のを食べようってことでお前が選んだんだったな
おっきいいちごが乗ったショートケーキは美味しかった
でも肝心のいちごがお前に取られて俺は食べられなかった
なぁ、1口でいいから食ってくれよ
あいつも張り切って作ってたぜ」
「……ぅ、ん
ぃた…だきま……」
「これはアップルパイだ
このりんご好きだっただろ」
「ぉい…し……」
開花までもう間もない
ひと口をゆっくりと嚥下する彼を見る
彼が生きてなければ俺も生きることが出来ない
そうか。
余命わずかだったのは彼ではなく、俺だったんだ
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