アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
富士川の合戦
-
合流直前
以仁王の令旨の話が表に出て以来、主もまた、安寧に旅ることが困難になってきた。
旅上やたらに誰何される。
いっそ源氏の者ですって言っちゃいましょうか。
佐藤兄弟の弟、忠信がぼやくと、
言ってみようか。
主が悪乗りする。
い!
いけません義経様!
青くなる忠信をみんなが笑う。
仲間だと、強く感じる。
吉内(きつない)はどこだ。
物見か?
はい。
程なく戻ると思います。
答えるか答えないかのうちに、吉内が戻った。
街道は、平氏ゆかりの家人だらけです。
やはりな。
で? 兄上はどちらにおられる。
今は鎌倉におわします。
甲斐の源氏が挙兵し、甲斐に続いて駿河も手中に収めました。
吉次によれば、京はてんやわんやで、清盛殿は大激怒。
お子を頭に討伐軍を出すそうです。
頼朝兄上の軍は鎌倉を出たのかな。
まだでしょう。
いろいろお支度もあらせましょうし。
されど出遅れれば、甲斐源氏に先手取られてしまう。
兄上に、勝利を差し上げたいのだなと、誰もがわかる。
そういう主だから、我らはついてきているのだが。
我々は、策を練り始めた。
兵を削る
平氏の軍は官軍である。
道すがら兵を募ることも可能である。
実際今の勢いで行くと、軍が東国に近づく頃には、兵は七万を超すと思われる…
鎌倉勢は全員出撃したとしてもせいぜい二万超。
全員出撃するわけもないだろうから…
危ないな。
ただ世情は平氏に批判的ですからね。
移動の途中でちょっとでも不快な出来事があれば、寄せ集めの兵なんぞ、すぐにぶっ散らばっちまいますよ。
でもどうやって不快にする?
そいつはおまかせを。
吉内がにやりと笑った。
その日からほぼ毎日、官軍の兵は減り続けた。
食料の補給に窮し続けたからだ。
もともと官軍には食料がほとんどなかった。
まずあの数年、西国が飢饉であり、平氏の軍とはいっても、京から持ち出してこれたのは、指揮官や指揮系統が食べる分だけだったからだ。
民草の分は道々入手すればよい。
そういう考えだったのだろう。
でもそうやって無理無理強奪していけば、地元の民草が食するものを失い、飢える。
飢えればますます平氏の軍は憎まれ、従軍する兵の志気も落ちるだろう。
当然の理だ。
腹いっぱい食えないは、道々の民には憎まれてるはでは元気も出なかろう。
そんな兵たちの唯一の楽しみは、食料の入荷なわけで。
吉内たちが狙ったのも、まさにそこだった。
隊に届いた荷車は、必ずといっていいほどかき消えた。
持ち去られたり、焼かれたり、猪に食い荒らされたりするのだった。
(そう、猪も用意した。何度か荒らしをさせた後、牡丹鍋にして食した。たいそう美味だった(笑))
かき消えた食料荷車を探しに行った兵もまた、全く戻らない。
(一部は殺したが、基本殺す必要すらなかった。俺たちが自分らの飯を分け与えると、それを静かに食し、あとは静かに立ち去って行く者が多かった)
たれも好んで戦などしたくないのだろうな。
主がしみじみ言う。
我ら一同が頷く。
人はみな、同じなのだ。
甲斐源氏の将
兵も減り、食料も足りぬ~どころか、全くないに等しい!~となると、俺も儂もと消える人数が倍増、軍は七万どころか、四千にも満たないという状況になってしまった。
面白い手を使うのだな。
見知らぬ若い将が寄り来た。
平氏ではないが、鎌倉勢でもない。
ということは…
甲斐源氏か。
やもしれぬな。
それよりそちらは何者だ。
なぜ鎌倉殿に味方する。
それは、
佐藤の兄が言いかけるのを私が制する。
軽々しく口にしてはならぬゆえ。
主は鎌倉殿に、恩義があるのです。
適当に言っただけだったが、若い将は鷹揚に頷いた。
さればこれから私が言うことを、実行してはくれまいか。
鎌倉殿にも利あることゆえ。
囁かれた内容は、主の気に入る内容でもあったようだ。
いつがよい。
明朝にでも。
心得た。
主の同意を取り付けた若き将は、満足げにその場を離れていった。
未明
我らは富士川べりに立った。
背(せな)に鎌倉軍。
北に甲斐源氏軍。
そして富士川対岸に、平氏の言う“官軍”が位置している。
日の出とともに、合戦が始まるであろうことは確実。
我々の脳裏に昨日の、将の言葉が蘇る。
甲斐源氏は強気に出た。
我らの総大将・武田信義は前以て先方を挑発しておいたのだ。
『かねてよりお目にかかりたいと思っていたが、その機会なく残念に思っておったところ、こうして追討に来てくださったので、心置きなく戦えるというもの。
まみえた際には容赦なく、最後の一兵卒余さず切り結ぼうぞ』
こういう文を使者に持たせ、官軍総大将・平維盛に届けておいたのだよ。
維盛大激怒で使者は殺さぬ基本かなぐり捨てた。
そのようなていたらく、将どもは逸っても、兵卒は怯えておるはず。
之を活かして戦略を願いたい…
戦わずして勝てればなお良かろう。
主はそうとだけ言ったのだ。
曙光が空を染めんとしている。
継信、忠信、吉内は、既に敵後方に回っている。
私は主の傅役である。
いま、主は私の前で、美しい拵えの横笛を取り出す。
鷹の叫びに似た高音を、甲高く、強く吹き鳴らした!
途端、水鳥どもがわっとばかりに舞い上がった!
その際限のないこと!!
舞い立つ鳥の羽ばたきに度肝を抜かれたのは官軍である。
羽ばたきの音と朝靄に巻かれ、正しく明快な判断などかけらも出来なくなった。
敵襲か!?
夜襲か!?
すかさず吉内らが騒ぐ。
やられたっ!!
敵だ敵だ!!
逃げよう!!
飢えた、怯えた兵たちが逃げ惑い、その地は見事大惨場となった。
戦場ではない。
惨場だ。
逃げ惑う兵等が押し合いへし合い戸惑い、逃がすまいとする将たちはまた、ひたすらむやみに叫ぶばかりだ。
逃げるでない!!
逃げるな!!
怯むな!!
それらの声はかき消され、兵たちの耳にも心にも寸分も、届くことはなかったのだった。
合戦らしい合戦もなく、雌雄は決した。
維盛はほうほうのていで京へ向けて逃げ帰ったという。
お味方の一大勝利である。
将は礼だと言って、鎌倉殿の陣まで我らを案内(あない)してくれたのだった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
28 / 89