アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
奇策
-
激坂
この坂を。
一気に駆け下れば、福原の背後を突ける。
主の言葉を驚きつ聞く。
ものすごい急坂ではあるが、断崖絶壁というわけではない。
範頼殿に連れ行かれた木曽のあの坂に比ぶれば、絶対馬が降りられる。
別名逆さ落とし。
だが私は降りれると思う。
弁慶はどう思う。
木曽の坂よりなだらかかと。
吉内も頷いた。
他にも来る者はおらぬか?
兵たちは黙る。
黙るが、興をかきたてられているのが見て取れる。
主がさも、楽しそうに言うからだ。
遠き日、親に咎められても立木に登ってしまう幼子の冒険心は、どんな老骨の中にも埋み火のようにあるのだ。
主はそれに、いともたやすく火をつけてしまう。
しょうがありませぬなあ。
一人笑えば、
このくらいの坂、伊豆にも鎌倉にもござる。
我も我もと声が挙がって、約百騎、ほとんどが拳を突き上げていた!
さすがはわが軍。
なればこの義経、我が身を持って手本とせん!
言うやいなや、
太夫黒!!
叫んで、下れと胴を軽く蹴る。
見事に下ってゆく背(せな)を、
お先御免!
私が追う。
私の矢筒も鎌倉殿に召されてしまったが、平泉から乗ってきた、この春風(しゅんぷう)もかなりな猛者である。
わずかな足場を見出して、見事に主のあとを追っている。
我も。
御免!
佐藤兄弟が降りてくる。
無言の蹄は吉内。
数瞬間があいて、ああ、続く、次々と、蹄の音!
遅れをとるな!!
恐れるな!!
我は三浦の者なり!!
我は伊豆の!!
次々名乗りを上げながら、次々次々降りてくる。
馬を守って引いてくる者もいる。
抱え上げておる剛の者も。
それでよい。
義経軍は自由なのだ。
それでよい!
うおおおおおおっ!!
たった七十騎とは思えない怒涛のおめきが山間を満たす。
色めき立ったのは福原の平氏たちである。
清盛の法要終えたばかりのしんみりした空気がつん裂かれ、
何事!?
狼藉か!?
敵襲であるか!?
ざわめきめがけて私が法螺貝を吹き、主が大音声で名乗りを上げた。
吾こそは、源義朝が忘れ形見、九男義経。
今こそ傲岸不遜極めた平氏一門誅する時なり!
いざ参らん!
いざいざいざいざ!
いざ!!
叫びは平氏だけでなく、生田口の範頼殿にも一ノ谷の安田殿、退き兵を追っていった土肥殿にも届いたという。
義経じゃ!
遅れをとるまいぞ!
行けい行けい!!
弓手(ゆんで)、馬手(めて)、背後。
それも真後ろ。
これで動じない平氏なら、京を逃げ出しもしなかったろう。
周章狼狽、逃げ散るかと思えば、腰の抜けて放尿脱糞の公達(きんだち)もあり、浅ましいことこの上なかった。
斬られ、突かれ、まろび逃れて我がちに浜へ出る。
水上の魔神の復活か?
いや、慌てふためいておるあまり、船を争う同士討ちだ。
乗った者を引き下ろし、後から来る者蹴落としして、かろうじて数十が沖へ逃れた。
えいえいおー!
えいえいおー!
怒涛の叫びが天を衝く。
主こそ源氏の雄。
たとえ大将ならずとも、主はまさしく戦の天才なのである。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
48 / 89