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軋む何か
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兄弟再び
六月の空隙を埋めるように、主はご兄弟と話し込んだが、そこにはなんとなく、以前のような一体感が欠けていた。
だいたい何故範頼殿が唐針に乗られておるのだ。
武田信義様から唐針をいただいたのは他ならぬ義経様である。
召し上げたのは頼朝様で、それを範頼殿に渡すというのも少々合点がゆかぬ。
しかも主は佐藤兄の死に際し、悼む気持ちで己の愛馬太夫黒を渡した。
なので主は今騎馬がないのだ。
とりあえず私の春風を差し出してあるが、以前の範頼殿なら、
私の唐針を使え。
と、迷わずおっしゃったはず。
何がどうなっておるのだ。
鎌倉に行っておられる間に、いつも何かが起きる。
全成殿もそうだった。
そして此度は範頼殿だ。
鎌倉はおかしい。
なにやらおかしい。
そうはいっても今は戦時下である。
馬だ兄弟だのことで不思議がっておるわけにもいかぬのだ。
志度合戦
二月二十一日。
平氏は志度浦から上陸を試みてきた。
とにかく大地がほしいのに違いないが、一度失った陣地が簡単に戻るはずもない。
主はたった八十騎率いていってこれを撃退したのだが、わけてもこの時の、三郎の活躍がまた素晴らしかった。
僅か十五騎率いて出向き、三千に余る田内左衛門尉成直~長らくの、平家子飼い、田口成良が嫡子~の一党を降伏させたのだ。
何ね、いつもの調子であることないこと話しただけでさ。
などと笑っているが、その交渉術にはいつも舌を巻く。
されど今回の“あることないこと”はちょっと、芝居がかっていすぎだったけどな。
吉内がちょっと咎め口調で言うと、三郎悪びれもせず、でへへと頭を掻いた。
小芝居
主・義経に平家方の、田内左衛門尉教能を連れてくるよう命ぜられた三郎は、自軍全員に白装束を着せ、うち十五騎引き連れて教能を訪ねた。
きちんと使者を立て、戦意がないことを伝え、教能と対面。
三郎は重々しく切り出したという。
一昨日、勝浦で、あなたの叔父君桜間介良遠が我々によって討たれ、昨日は屋島の御所、内裏、ことごとく我らに焼き払われた。
大臣親子を生け捕ってあり、平家の公達はみな討ち死に。
わずかに残った軍勢も、志度にてことごとく討たれ申した。
あなたの父君・阿波民部重能殿も捕虜となり、この義盛が預かっており申す。
子のあなたが何も知らずに明日戦いて討たれるであろうと、夜通し嘆いておられ、あまりに気の毒であったので、お知らせしようとこうして出向いて参った次第。
戦って討ち死にするのも、降伏して父君に再会するのもあなた次第である。
まさに舌先三寸。
なれど左衛門尉は恭順した。
既に聞いてあることに相違なし
と、甲脱ぎ、弓弦外して全隊帰伏したというのである。
桜間の戦さは真実。
屋島の戦いも真実。
二つ真実あれば、さらに衷心から申せば、人は心を開いてくださり申すのよ。
得々と言う姿はいささか小賢しかったが、そういう人柄と知ってみれば奸計も愛嬌。
またも手柄かと我らに背中どやされてある。
三郎はいつしか、我々全員の弟分となっていた。
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