アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
落ちる
-
頼朝出陣
義仲を叩くにも、平氏滅亡にも自らの手は汚さなかった頼朝兄上の出陣は、洛中をも震撼させた。
我らに従うと申して、威勢のよい口叩いていた京武者、西国武者たちが、蜘蛛の子を散らすように去った。
こんなものかと思ったが、豊後の緒方惟栄のみは、わが地でともに戦いましょうぞと言うて来たのだ。
たまたま洛中におりまして、宣旨のことも知りました。
すでに国許には、御大将にお住まいいただく城をも造営始めております。
ぜひぜひ海をば御渡りになり、この惟栄の許に御身お寄せくだされ。
熱い涙がはらはらと散るほどの有り難い申し出と思った。
戦うにせよ潜伏するにせよ、今はあまりにも時宜が悪い。
三日平氏の残党を片づけ終えたのがこの五月。
やっと平穏の戻った京を、再び戦火に曝す気もなかった。
落ちよう。
一戦も交えずにか!
行家叔父上はぶつぶつ言ったが、安堵しているのは一目瞭然だった。
もともと戦さ向きの御仁ではないのだ。
落ちると聞いていちばん安心したのが叔父上であることは、たれの目にも明らかだった。
後朝(きぬぎぬ)の別れ
出立前夜は蕨のところに泊まった。
存念あって落ちぬという。
平家の子女で、私の嫁じゃ。
京に残って大丈夫とは思えぬが。
大丈夫でございますわ。
たれも妾が本当に、あなたの妻だなどとは、本気で思ってはおられませんもの。
それは酷い。
酷いですよね。
でもこんなふうに言われてました。
“父はあなたに押収された機密文書を取り戻すために、娘を差し出したのだ”みたいな。
何だ機密文書って。
さあ。
でもって私は父君に、“機密文書”とやらを返したのか?
世の噂では妾が懇願し、あなたにお返しいただいて、妾が父に届けたそうです。
父君はいま能登じゃ。
少し遠いな。
はい。
長き旅ゆえ大変でございました。
答えつつ笑う蕨は、おっとりと優雅だ。
郷や静とは別の趣だ。
私は催すのを感じた。
蕨。
ちょっと上ずった声になる。
蕨は戸惑いの視線向け、ややあって真っ赤になった。
御戯れを。
妾など。
私の妻を悪しく言うでない。
褥までゆく手間が惜しい。
膳をずらすもそこそこに、私は蕨を押し倒した。
朝ぼらけの道を歩く。
この世に醜女という女はいない。
出立
九州へ落ちる旅の仲間は三百騎を超えた。
鎌倉が立ったという情報の割には、よくも集まったものだと思う。
弁慶、吉内、忠信、三郎らはもとより、平時忠の嫡男・時実や、母と一条長成の嫡男・能成までついてこようと決めていたのは驚きだった。
お主らは、残って姉妹を守ろうとか思わぬのか。
嫌み半分驚き半分で言うと、
姉を娶っていただいた礼である。
同じく、姉を護らんと試みていただいた礼である。
どちらも小事の礼にしては、危険が大きすぎると思うのだが…
冒険したい年頃、というのではないですかあ?
三郎の態度は相変わらず不遜で、時実からも能成からも小突き回されていた。
急ぎましょう。
追っ手に気づかれては元も子も。
緒方惟栄に急かされて、我ら一同早々に出立したが、西国を目指す旅は出だしから躓くこととなった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
67 / 89