アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
深海
-
・・・・1
耳慣れない声を聞いた気がして、ぼんやりと瞼をあける。
厚手のカーテンの降りた部屋、ほんの僅かな隙間からさし込む陽の陰だけでは正確な時間は解らない。
たしか昨日は深夜2時過ぎにこのベッドに潜り込んだ。この感じ、まだ昼前ではないのか。
寝直すつもりだったのに、つい時計を探してしまい、結果目が覚めてしまった。
やれやれとからだを起こす。
10時だ。
服を脱いでそのまま潜り込んだベッドの中の自分の裸体に、覚えのある疼き。
幸福感と虚無感が混じりあったような、何とも言えない寂しさに一瞬包まれる。
『なにがそんなに不安なんだ?俺じゃだめなのか?』
15の時から聞き続けた低い声。
不安どころか、その声は、どれだけ安心感をくれる事か。
『じゃあ、またな』
だから離れられなくなる。
『好きだ寺崎。俺はおまえだけだ。ずっと、これからも。おまえだけだ』
手放しで、その言葉に身をを委ねてしまいたくなる。
『冗談よせよ、大野』
こういう、男同士の後ろめたい関係なんておまえ似合わねえよ。
あんまり自分の首を絞めるような事口にすんなよな。
恋人にそう返されて顔を曇らせる男。
190近い長身、鍛え上げられた肉体、精悍な顔、誠実な瞳、優しさ、逞しさ。
男として、どこにも曇りはない。
──ただ、ちょっと、馬鹿かな。
馬鹿だから、俺が護ってやらなくちゃ。
まあ俺の事なら、気にせず一時の遊びのつもりでいろよ。
俺も、おまえの事は、常に今としか考えないから。
未来形の話しは無しにしような。
そう、おまえには、真っ当な男としての未来がきっとあるんだから。
寂しさを振り払おうと、寺崎は布団を蹴り上げ、裸のまま廊下へ出た。
バスルームへ向かおうとして、さっきの耳慣れない声の主とばったり鉢合わせになった。
「……!!」
お互い声にならない悲鳴を上げる。
そこにいたのは、知らない女だった。耳に当てていたスマホを取り落とし、その音がゴトンと響いた。
とっさに彼女はしゃがみ込み、寺崎は背中を向けた。
「え……えっ!」
「ご、ごめんなさい。あの……ひ、ヒロフミさん?」
「は?」
寺崎が今住んでいるのは彼の父親の家だった。
父親と言っても、寺崎は籍に入っておらず、長い間ほとんど付き合いもなかった。
実子も独立し、本妻とも離婚して孤独を持て余していた父と、成人後やっと男同士、友人として屈託なくつき合う事が出来るようになった。
今はこうして、庶子である寺崎と二人、広い麻布の邸宅で暮らしている。
大学を出てから、呼ばれればバイト程度にモデル業などこなしていたが、最近は父のつてで、飲食店のマネージャーなどをやっている。
「お兄さんに頼まれた書類を探していたんです。どうやら、会社の方で見つかったらしいんだけど。あの、私の事、聞いてませんでした?」
「いえ……」
見知らぬ女は、陽子と言った。
寺崎の父とは随分年齢が離れているが、妹だということだ。年齢で言えば寺崎とかわらない。存在は聞いていたかもしれないが、こうして会うことは想像できなかった。
陽子は5歳上の32歳だったが、見た目はまだ20そこそこにも見えた。
すらりと背が高く、シンプルな服も、のぞく肌も若々しい。
寺崎と同じくらいに短くした髪の毛は、男っぽくなりそうなところを、その形のいい顎や細く長い首を際立たせて、逆に彼女の女性らしさを強調さえしている。
装飾品はほとんど身に付けていなかったが、美しい鎖骨の中心で、品の良い小ぶりのダイヤが輝いていた。
「先月まで省庁の仕事でフランスで働いてたんですけど。お兄さんの会社のワイン部門のコーディネイトをまかされたんですね。それで、退職しました。そうか、聞いていらっしゃらなかったのね」
海外暮らしが長いせいか、どこかハキハキと簡潔にものを言う。
「そうなんですか……えっと、俺……」
「ええ、ヒロフミさんの事は、小さいころからお兄さんに聞いてました。だからすぐにわかったわ」
「小さいころから?」
「そう、お兄さん、ほらあんまり隠し事とかしないさっぱりした人でしょ?だから、もうひとり息子がいるんだっていつも」
父親の存在のなかった少年時代が、少し報われた気がして、寺崎はそっと微笑んだ。
その笑顔を見て、陽子も微笑んだ。
「じゃあ、私、ヒロフミさんのおばさんになるわけだけど、どうかおばさんなんて呼ばないでね!これから、どうぞよろしく」
さっと、右手を差し出され、寺崎もそれを気持ちよく握り返した。
細い指だった。
◆
初対面の印象のせいか、その後二人は意気投合し、たまに食事をしたり、それぞれ気に入っているバーに誘ったりという付き合いが始まった。
もちろん父親も一緒の時もあるが、二人きりで朝まで話をする事もある。
ほんとうに姉弟のように、ある時は、仕事の愚痴や豊富を、ある時は恋愛の話を。
陽子には離婚歴があった。
あまり深くは聞かなかったが、随分傷心の時期があったらしい。
もう、新しい恋はしないつもりと彼女は言った。
それだけ傷が深かったのだろうか。
「ヒロフミくんは?」
「え?俺?」
「ヒロフミくんなら、辛い恋って言うよりも、たくさん泣かしてきた方、かな?」
「んなわけないよ。俺全然モテないから」
「あらそう?モテない?ヒロフミくんが?」
「全然ダメ」
辛い恋しかしたことないよ。
泣かされてたのはいつも俺……。
「ねえ、ヒロフミくん……気を悪くしないでね」
「え?」
「ヒロフミくん、ゲイ?」
それはまだ、知り合って一月と立たない頃。陽子にそう切り出され、寺崎は言葉に詰まってしまった。
今まで自分のセクシュアリティを他人に指摘されたことがなかったからだ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1 / 32