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深海・・・・2
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・・・・2
寺崎がそれを自覚したのは随分早かった。
中高一貫の男子校育ち、その縦社会の中で、じゃれあい、悪ふざけの延長から、同性に欲情する自分を知り、それを受け入れた。
生来の開放的な性格から、学校外での同じ性癖の男たちとの出会いも多く、同じ欲望を求め合った。
幸いそのことを黙っていれば、寺崎は、人目をひく美男で均整のとれた細身の長身、さらに快活で社交的であった事から、充分女性たちの気を引いた。
寄ってくる女性の扱いにも慣れていて、まさか寺崎が女に興味を持てないなどと、誰も思いはしなかっただろう。
だが、おのずと他人との付き合いは浅くなった。
店内は、深い青い照明にゆらゆらと照らし出されていた。
時折まわるミラーボールに緩く反射した灯りが、水泡のように壁や天井を走る。
すっかりなじみになったバーテンが、寺崎のグラスの空き具合をさりげなく確認する。
忘れる程の低音で潮の音が流れていた。
この店は長い沈黙が気にならない。
寺崎は笑いながら煙草の煙を吐き出した。
「……ゲイだったら、ヤバイ?」
なるべく動揺を見せずに、深い意味を持たせぬよう、軽い調子で答えた。
「ヤバいなあ。私、好きになっちゃいそうだったから」
陽子も同じように軽く答える。
寺崎が目を細めて彼女を観ると、彼女は悪戯っぽくクスッと笑い、そしてすぐに誠実な眼差しを返した。
「なんとなくね、もしかしたらそうかなって思ったの。ゲイの友人はたくさんいたから」
「ああ、鼻が利くってわけか」
「ごめん、そう言う意味じゃないんだけど」
彼女が、興味本位でその話を降ったのではない事は解っていた。
解っていたが、別に打ち明けたかったわけじゃない。
彼女を傷つけてみたくなる。
「お察しの通り。俺、女はダメなの。全然。だから安心しなよ。裸で同じベッドに寝転がっても、俺勃ちませんから。まあ、もっともその前に、陽子さんと裸でベッドに入ろうなんて思わないけどね」
笑いを含んで言ったつもりだったが、自分でも少し嫌気がさす程に皮肉な声の調子だった。
自分で自分を傷つけて、寺崎はイライラとグラスをあける。
ふいに陽子の手が寺崎の手に触れた。
そしてそっと握りしめた。
「ごめんね。気づいちゃったのに、気づかないふりのやり方がわからなかったの」
そうだ、彼女には悪気はない。寺崎を傷つける気などあるはずがない。
寺崎もゆっくり陽子の手を握り返した。
「うん。解ってるよ。ありがとう。平気だよ」
「ありがとう。……ねえ、私たち親戚だけど、いい友達になれないかな。なんていうか……性別を越えたなんて言うとおこがましいかな」
「なんで?はは……なれると思うよ」
思い切りにこやかに、そう答えてみせたが、寺崎の心はすっと冷たいものにおおわれていた。
陽の光の下にいる事を当然とする人間特有の慈悲や友愛にはうんざりする。
だが、それを拒否する権利もない。陽の光を避けたのは、誰のせいでもない。
もう一度、陽子を見つめて笑ってみせる。
その笑顔で陽子もやっといつもの笑顔を見せた。
美しい、それこそ太陽のような笑顔。
ああ、陽子みたいな女、きっとアイツはこんな女と恋愛するべきなんだ。
陽子の笑顔に、恋人の顔をだぶらせてしまった事が、なにか運命のようにも感じた。
同時に、耳の奥で警報が鳴り始める。
俺は何をしようとしている?
寺崎はさらに強い酒をオーダーした。それを見て陽子も楽しそうに同じものをと、バーテンに告げた。
その酒をほとんど一瓶あける頃には、二人とも抱き合って笑い転げていた。
陽子がfacebookにあげるんだと言って、顔を寄せ合う二人に腕を伸ばしてスマホを向けた。
「やだ!見てぇ、ほんと姉弟じゃない。私たち」
「げ……思いの外似てる」
「あなたのおばあさん、私の母ね、もう亡くなってるけど。私たち彼女に似てるのよ」
「へー……」
自分によく似た叔母と、祖母。寺崎が知らなかった血のつながりがスマホの小さな画面の中にあった。
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