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深海・・・・3
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・・・・3
大野のセックスは、大野の性格そのままに、無骨で不器用で、何度カラダをあわせても成熟する事のない少年のようだった。
大野とだけは寝たくなかったと、寺崎は思う。
彼が遊びで男と寝る種類の軽快さを持っていない事を知っていた。
かといって、男同士の恋愛を、堂々と肯定できる程の強さも持ってはいないだろう。
寺崎を好きになってしまった──
寺崎が受け入れた──
それは大野にとって、一種の呪縛でもあったのに、そのことを大野自身はまだ気付いていない。
「寺崎……」
この低い声が好きだ。
ふわっと意識が浮上する。
ホテルだった。
セックスのあと、眠ってしまったらしい。
「ああ……ごめ……何時?」
「さあ……2時まわったな」
「2時か……」
ゆっくり寝返りを打つと、寺崎の体はすっぽりと大野の広い胸の中に収まる。
「……なにか次の予定があったのか?」
「え?はは……ねえよそんなの」
寺崎の答えに安心したのか、逆に不安になったのか、大野の腕が寺崎を抱き込み、髪を撫でる。
「寺崎……一緒に暮らそう……」
「……は?」
「一緒に暮らそう。同じ部屋に帰ろう」
大野の言葉をかみしめ、それから、ゆっくりと肩を震わせて寺崎は笑った。
「本気かよ?」
「……ああ」
「ばかじゃねえの?そんなの、人に知られたらなんて言うんだ?中学からの同級生で、仲が良くって一緒に住んでますって?」
「そんな事……気にしねえよ……別に答えなきゃいい……」
「俺は気にするよ。お前のでかいカラダ目立つもん。人目を気にして暮らすのなんてごめんだね。こう見えても俺はまだ社会にカミングアウトする度胸なんてないんだよ」
髪を撫でていた大きな手が、動きを止める。
「……一日中、おまえの事を考えている。おまえがどこかへ行ってしまうのが怖い」
低く静かな声が寺崎の耳に響く。
好きだ。この声が好き。好きだ。
「……どこかへって、どこへ?どっか行くならおまえの方じゃねえの?人事異動、海外赴任もあるんだろ?」
「そしたらお前を連れて行く」
耳たぶを噛まれる。甘噛み……ではなく本気で。
「いっ……!」
身をすくめ、大野にしがみつく寺崎を胸に大野は大きくため息をついた。
「どうすれば、おまえに俺の気持ちが伝わるんだ?」
「なにが?伝わってるだろ?」
「……じゃあ、どうすれば、おまえは俺の事を……」
大野はわかっていないのだ。
自分の胸のその虚しさ、もどかしさは、寺崎の愛を確かめる事で埋まると思っている。
愛ならこんなに確かめあっている。
抱き合って、体を重ねて。
少なくとも寺崎は、全身で大野に愛を伝えようとしている。
なのに大野には埋まらない場所があって、それを埋めるのが男の自分ではない事を寺崎は知っている。
そのことに大野が気付かない限り、寺崎は大野の恋人でいられるのだ。
そのことに大野が気付いたときが、この恋の終わりだというのに。
大野は必死でその場所を埋めようともがいている。
大野の胸が、自分の永遠の場所だったらいいのに。
そう、思い願っているのは寺崎の方なのに。
大野はそんな寺崎の思いに気付かない。信じない。
ま、そう仕向けているのも俺だ。
ある日、その界隈に大野は迷い込んできた。
単純な興味本位。あるいは自分の性指向にその可能性を感じていたのかもしれない。
寺崎が通っていたクラブに友人と連れ立って現れ、寺崎を見つけた。
大野が自分のセクシュアリティに迷ったのは、高校で同じクラスになって寺崎を知ったからだった。
そして確信した。
寺崎の方は顔見知りとの鉢合わせに最初ずいぶん警戒していたが……。
いつしか心を許し合い、身体を重ねた。
大野はそれを恋だと言った。自分には初めての恋だと。そして最後の恋だと。
高校、大学と一緒だった大野が、寺崎の噂を知らなかったわけがない。
アイツ「ホモ」らしい。
チンポ好きなんだってよ。
ガタイのいい男なら誰だっていいって。
実際、寺崎は好みの体なら誘われれば誰とでも寝た。
男が好きだった。
逞しい、戦う男の体に欲情する自分を知っていた。
そしてそれを嗅ぎ付けて求めてくる種の男達。
拒む理由などない。
まだ子供だった寺崎は、求められる事が恋なのだと思った。
求める事が恋愛なのだと思った。
だが、それは性行為のプロセスと同じで、吐き出せば終わる。
寺崎の気持ちだけが置いて行かれる。
手当り次第に遊んでいたわけじゃない。
全員に恋をしていた。だけど、多くの相手は寺崎の心を求めていたわけじゃなかった。
それだけだ。
大野はたぶんすべてを知っていて、それでも寺崎の心を求めてくれた。
寺崎が信じたがっている事を、すべて与えてくれ、赦してくれた。
寺崎はそれを幸せと思いたかったのだ。でも時間はそこで止まるわけじゃない。
時間は大野に気付かせてしまうだろう。
きっと大野は、いつか自分にかかった呪いに気付いて、自らこの場所を捨てる。
──俺に出来る事は、それを、その時を邪魔しない事だけ。
大野、俺は幸せなんだ。
こんなに。
こんなに。
寂しいけど、こんなに幸せなんだ。
わからない?
伝わらない?
言葉のかわりに、大野の胸に額をすりつけ、顔を深く埋めた。
「なあ大野、眠い……」
「……ああ、寝ろよ」
「ずっとこうしてて……」
「ああ……」
もう一度、大野は大きなため息をつき、さらに深く寺崎を抱きしめると、自分も目を閉じた。
ずっと、ずっと……この先、30を越えて、40を迎えて……。
50……もう、若くない、60……老いを感じて……。
そんなずっと先まで、こうしていて欲しい。
寺崎の思いは届かない。
届かないから、求めない。
大野の胸の中で、寺崎はぎゅっと強く目を閉じた。
このまま目覚めなくていいのなら……。
「……うん?」
大野の胸に耳を当てる。
規則正しく刻まれる鼓動を聞きながら、ゆっくりと、深く深く眠りの底に沈んでいく。
なんだか海の底みたいだ……。
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