アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
深海・・・・4
-
・・・・4
『ヒマなら飲もうぜ。恵比寿のDEEP SEAってバー。』
寺崎からのメールは、いつも素っ気ない。
会える?
飯くった?
店を指定してくるのは珍しい。
大野はそのバーが、前に一度寺崎と行ったことがある店だと思い出す。
ビルの地下にある店で、店全体がセルリアンブルーに彩られて。ほんとうに海の底にいるようなそんなバーだったと思う。
アレは、まだ、つき合いはじめた頃の、お互いキスさえもぎこちなく、自分の体の下の寺崎の甘い吐息に悲しささえ感じていた頃だ。
あの頃は……。寺崎にこんなに深くのめり込むとは思わなかった。
こんなに深く……。
寺崎を失いたくない。
四六時中そんな不安に苛まれる。
しかし、不安なのはきっと寺崎だって同じだ。
不安だから虚勢をはって、逆に軽薄にかかわろうとしている。
アイツはそう言うヤツだ。
わかっている。
だから、あいつの不安を取り除いてやりたい。
俺を信じていいんだと言ってやりたい。
大野はどんなに急な寺崎の誘いも断らなかった。
しかしそれは寺崎が無茶な誘いをかけないからだという事には、気付いていなかった。
タクシーを拾い、指定の店に急ぐ。
少しでも長く一緒にいたい。
◆
寺崎はいつもの席にいた。
共通の友人である山根が経営するこの割烹店を、二人は連れ立って、あるいは一人の時間を潰しによく利用した。
その夜、大野が仕事帰りに一人店を訪れると、見慣れぬ男と二人カウンターにいる寺崎はすでに出来上がっていて、大野の姿を見てわざわざ手招きをしたのだ。
男が寺崎とそういう関係なのはすぐに解ったが、招かれるまま寺崎の隣に並ぶ。
短く刈り込んだ髪にあごひげ。厚い胸板に張り付く上品なシャツ。寺崎の連れに会釈すると、男もにこやかに頭を下げた。
「久しぶりだな、大野」
カウンターの中から、熱いタオルが差し出される。
「ああ、そういや、俺たちも随分久しぶりだよな。大野」
寺崎がそう言って笑った。
渋い顔で大野はただ頷いた。
「え?そうなのか。それも珍しいな。お前らが?」
山根が大野の好みのビールを差し出す。
「あ、ここ3人さ中高の同級生。大野とは大学も一緒で」
「へえ。ちょっとした同窓会ですね」
寺崎の連れの男は微笑ましく3人を見くらべた。
大野に勧められ、山根もグラスを手にすると、4人で杯を交わす。
随分会っていない……とは、寺崎の嫌みだろうか。
このひと月、こちらからメールを入れても既読がつくだけで返信も電話もなかった。
……あの夜から。
あの夜……。
寺崎に呼び出されて、DEEP SEAというバーに行った夜。
そこに寺崎はいなかった。
1時間近く待ってみたが、携帯も繋がらないし、メールも伝言もない。
最後の一杯で切り上げようと思った時、その名前が耳に飛び込んできて、大野ははっと顔を上げた。
「私、もう帰るわ。ヒロフミが来たら、今度絶対埋め合わせさせるって、怒ってたって言っておいて」
ヒロフミが来たら……そうバーテンに告げて、笑いまじりにカウンターから立ち上がった女。
そう言えば、大野が店に入った時から、すでにいたような気がする。
親しげにバーテンと話していたようなので、女ひとりでも、特に気にしていなかった。
はっと勢いよく顔を上げた大男の気配に、女も振り返る。
どこか寺崎を思わせる。
美しい顔だった。
切れ長の大きな目。勝気な鼻筋。栗色の短い髪。長い首。
目があって、どちらからともなく笑いかけた。
翌日、昨日は悪かったなと、寺崎からメールがはいった。
別にかまわん。とだけ返した。
だがすぐに、思い直して、
「偶然、おまえの親戚の女性に会った」
とメールした。
寺崎からは「へえ、すごい偶然」という返信が来た。
また会う約束をした事は伝えなかった。
それから数日後、再び陽子と会ったことも。
なぜか言わなかった。
それから1ヶ月近く、寺崎は何を思っていた?
陽子は寺崎に……言ったのだろうか。
寺崎は聞いているのだろうか。
聞いていて何も言わないのか。
それとも何も知らないのか……。
大野は、ぼんやりと、つめたい陶器のグラスを口元に運んだ。
その夜は、寺崎の連れが気を使って先に退席したあと、早めに暖簾をしまった山根と共に、長い付き合いとなった仲間3人で酒を酌み交わした。
寺崎は上機嫌で、いつもよりグラスをあけるピッチが早く、昔話は尽きなかった。
山根は、中学時代からどのクラスでもムードメーカー、賑やかな男だった。大野とはお互い日本人離れした体格でバスケ部でチームメイト、寺崎は二人とは違う遊び慣れた不良っぽいグループで、とにかく見てくれの良さでまず目立っていた。大野と寺崎という取り合わせは、当時を知る同級生たちからすれば、たぶん意外なものだったろう。
人なつっこい山根を介して、いつのまにか3人で連むようになった。
3人とも、背格好は当時のままだが、やはり少年の頃の面影は薄れつつあり、それぞれが、自分の人生をみつけた大人の顔に変わりつつあった。
10年の歳月が流れていた。
寺崎を抱いている時、どこか自分の青春時代を冒涜しているような、そんな罪悪感が確かにある。
大野が山根にあらたまって言ったことはないが、山根は当然、大野と寺崎の関係を知っているだろう。だがそのことに言及されたことはない。
今日のように男を伴って来ても、寺崎もまたこの店では決して色恋を語らなかった。
あれは、あの時代は、彼らの聖域だった。
山根も今では既婚者だ。二人の子供がいる。
大野がそんな山根に無意識に見ている未来を寺崎は気づいている。
冗談のように、寺崎はよく言う。
「未来形の話はなしにしような」
その度に苛立ってきた大野だった。あの苛立ちは寺崎へではなく自分へのものだった。
未来から目を背けているのは、寺崎ではなく大野だった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
4 / 32