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深海・・・・5
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・・・・5
「寄ってく?」
酔いの回った掠れた声。さっきから大野は無言で車内の広告モニターを眺めていた。タクシーに乗らない選択もあったのに……。
意を決し、いや、と否定しようとしたが、寺崎が先にそれを封じた。
「陽子、喜ぶんじゃない?」
「……」
寺崎がその名前を口にするのを覚悟していなかったわけではない。
「なんて顔してんだよ。あってんだろ?陽子」
「……ああ」
やっぱり聞いていたのか。ああ、もううんざりだ。責めているのか、気づいていないのか、どちらにしても、理不尽に寺崎が腹立たしかった。寺崎に疑心暗鬼な自分を嫌悪した。
「今日来てるんだ。せっかくだし顔見せてけよ」
「……いや、明日もあるし、お前を送ったら帰る」
「はは。わかりやすいな、お前」
決定打を言い渡されるのかと背中を緊張が走る。
「……言ってないよ」
「え?」
そこで初めて寺崎の顔を盗み見た。寺崎は俯いて眠そうな目をこすっていた。
「言ってないよ、陽子には。俺たちのこと」
すぐに言葉を返せなかった。俺はそれを恐れていたのか?いや、違う、俺は……。
「陽子は知ってるけどね。俺のこと。でも、俺たちのことは言ってない」
「何が……言いたい」
「そのまま。陽子は俺たちのことは知らないってこと」
「安心しろよ」
再び大野は言葉を見失い沈黙した。寺崎も何も言わない。
大野を得体の知れない恐怖が包み込む。
寺崎を失う……?
「……寺崎、違うんだ……」
「ん?何が?」
「い、いや……」
咄嗟に大野は運転手に声をかけた。
「すみません。行き先変えます」
二人が常宿にしているホテルを告げる大野に、寺崎が眉を顰めた。
「……なんだそれ」
「黙ってろ……」
低く唸るように大野が言う。寺崎を見ようとしないその顔を呆れたように睨みつけ、ふいっと寺崎も顔を背けた。
◆
「……イッ!!……ッ!」
叫びそうになるのを枕に顔を押し付け噛み殺す。
部屋に入るなり、大野は荒々しく寺崎をベッドに押し倒し、唇を貪った。
抵抗の声を大きな手で塞ぎ、首筋を吸い上げ、ボタンを飛ばしてシャツを剥ぎ取った。
白い寺崎の身体が現れると、唸り声をあげて襲いかかり、食い尽くすように何度も歯を立てた。
「お……さき……やめっ……」
隙をついて巨体から這い出した寺崎がなぐりかかるが、その手は大崎に捉えられ、ねじ伏せられてしまう。
「……なぜだ……」
苦しそうに大野が声を絞り出す。
「なぜ……俺をあの人に合わせた」
「な……にが?」
寺崎が顔を上げようとするのをシーツに沈める。
「俺に、あの人をあてがったつもりか?」
呼吸を求めて寺崎がもがく。
「俺を試したのか!!」
怒りの声を張り上げ、もう一度寺崎をベッドに叩きつけた。
「俺を捨てるのか!!」
鷲掴みにした頭を力任せにシーツに押し付け、もうこのまま二度と寺崎の顔が見れなくなってしまえばいいと大崎は固く目を閉じた。
だが、閉じた瞼に焼きついたように、寺崎の笑顔が消えない。
身体中の力が抜け、大野の身体がベッドに崩れ落ちた。
ぜえぜえと背中を震わせてベッドに突っ伏した寺崎を抱き寄せ、乱れた髪の毛に顔を埋めた。
肩甲骨の浮き出た苦しげな背中をなでさする。
「……別れないぞ……ぜったい……」
覚悟を刻みつけるように大野が寺崎の肩に歯を立てると、ビクッと身体をこわばらせ、ヒュッと声にならない悲鳴をあげ、寺崎は弱々しい手つきで枕を抱き寄せ顔を埋めた。
そのまま、大野は儀式のように寺崎の身体中に咬み傷をつけていった。
脇腹に見慣れない内出血の跡を見つけ、ひときわ強く噛みつくと、食い殺される動物のような悲鳴があがった。
大野が寺崎の中で果てる頃には、もうカーテン越しの空が白み始めていた。
「……くくっ……あははは……」
大野の下で寺崎が笑い出す。
ゆっくりと両腕を大野の首に回し、宥めるようにその頭を優しく掻き抱いた。
「ひでえよ、大野……めちゃくちゃ痛い……」
「……寺崎……」
汗まみれの大野の顔が迷子の小さな子供のようで、寺崎はいっそう笑った。
途方に暮れた大野は、寺崎の笑い声を唇で封じた。
──好きなんだから、しょうがねえな
寺崎はもう何も考えないことにした。
何にも抗わない。
大野に何も決断させない。
自分もなにも決断しない。
もう、怯えない。
◆
結婚パーティは寺崎の父が経営するガーデンレストランで執り行われた。
花で飾られた広い庭園で談笑する人々の間をはしゃいで走り回っているのは山根の6歳になる末の息子だった。たくさんの大人が物珍しく興奮してしまったのか、山根と妻が捕まえようとしてもすばしっこく身を交わす。思わず植え込みに突っ込みそうになったところを、スッと大きな手が抱き止めた。
「パパ!」
そう叫んだ子供は、自分を抱き止めた髭面の大男が自分の「パパ」ではないことに気づき、キョトンと固まってしまった。
「悪いな大野」
ようやく追いついた山根に、腕の中の子供を渡し、大野は微笑んだ。
「大きくなったな……」
グラスが鳴らされ、長いテーブルについた来客たちの注目があつまる。
白髪ながら精悍な寺崎の父が晴れやかな顔で乾杯のグラスを手に、来客に今日の主役二人を紹介した。
「大野くんとは、実は息子同然の長い付き合いなんです。妹陽子も、ご覧の通り、僕からすれば娘同然で……」
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