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オフィーリア
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気がつけば随分な時間その青年を見ていた。
青年というか少年か?
週末の初日を前に劇場入りした黒島は、遅れている舞台の建て込みの様子を苦々しく見守っていた。
舞台演出家としてはいつのまにか大御所といわれる位置にいた。未だ自覚はない。
元は学生アングラ演劇で希代の天才役者・演出家と絶賛され、常に既存や前例にカウンターを放ってきた。
今もまだ破壊欲求は衰えてはいない。
その黒島の目をとらえた青年。
人手不足で駆り出された芸術系の高校の学生バイトらしい。
さっきから、数人のおぼつかない素人が指示を飛ばされるたびに駆け回り、資材を運んでいた。
その中のひとりだった。
違和感だった。
特に態度になにかあるわけではなかった。みんなと同じように黙々と働いていた。
だが、一際の背の高さ、その頭身が、ほんの少し空間を歪ませていた。
千余りの座席の中央付近に座っている黒島からは顔は見えない。ほんとうに、ただ、違和感だ。
それを確かめようと声を上げた。
「おい!」
マイクも通さず、黒島の声は劇場中に響き渡る。
舞台上のスタッフが一斉に手を止め振り返る。
「おまえだ!」
一瞬、だれも反応できなかったが、舞台監督が応え叫ぶ。
「すみません!誰ですか?!」
「おまえだよ!おまえ!」
黒島はいらいらとさらに声を荒げた。
おまえが自分じゃないことを誰もが願った。そしてお互い顔を見合わせたのだが、ひとりだけぼんやりとただ黒島をみていたのが志水った。
つまり、黒島がおまえと呼んだ男だ。
「そう!おまえだ!」
ようやく、察した数人が志水を押し出した。
「そうだ。こい!すぐだ!」
特にとまどいもせず、志水は軽く舞台から飛び降りると、黒島の元へ駆け寄った。
黒島は座ったまま、志水を睨むように見上げた。
近くで見ると、細く薄い、しかし綺麗な身体をしていた。長い手足が持て余し気味だ。
前髪で目元は隠れているが、見えている鼻筋や唇がすでに人目を惹く。
「名前は?」
「……シミズ」
「髪をあげてみろ」
「……は?」
舞台のスタッフたちは、息を詰め二人の様子を見守っていた。
「おまえたちは手をとめるな!」
黒島の怒号にあわただしく持ち場に散った。
志水は自分の仕事を気にするように舞台の様子をみていたが、もう一度黒島に促されて、雑に前髪を掻き上げた。
息を呑んだ。
現れたのは、奇妙な印象の眼だった。
斜視気味なのか、大きな黒目は焦点がずれているようにも、ぼんやりと何も映していないようにも見える。
だが、つい覗き込みたくなるような、目を逸らせなくなる、そんな眼だ。
「……いい。わかった。仕事に戻れ」
そう言って黒島は志水から目を逸らした。
腑に落ちない様子で志水は舞台に戻って行った。
一足早く上がる高校生たちの帰り際、再び黒島が志水を呼んだ。
「おまえ、バイトはいつまでだ?」
「……今日で終わりですけど……」
「明日からも学校が引けたらここに来い」
「……は?」
「公演中も毎日だ」
志水は怪訝そうに黒島を見た。
さっきは黒島が見つめた眼が、透過するように黒島を見つめている。
そして言った。
「やらせろってこと?」
流石に驚いて黒島は目を丸くした。
黒島の反応を意に介さず、志水は肩をすくめると、「考えとく」とそっけない言葉を残し立ち去った。
「……なんだ、あいつ……」
「え?誰ですか?」
思わずこぼした黒島の言葉を、そばにいた演出助手が拾ったが、今までそこにいた志水のことなど目に入っていなかった様な反応だ。
まるで黒島にしか見えていなかったような……。
「幽霊みたいなやつだな……」
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