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オフィーリア・・・・2
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--------------2
「おお、来たか」
舞台稽古が一旦休憩に入ったところで、黒島は客席後方に座っていた志水に気づき、呼び寄せた。
作業着だった昨日とは違い、学校帰りの制服姿の志水は少し幼く見えた。
グレーのブレザーに黒のデイパックをダルそうに背負い、パンツのポケットに手を突っ込んだその立ち姿はその辺にいる高校生に違いなかったが、やはりどこか違和感がある。
隣に座るように言われて、大人しくストンと椅子におさまった志水に目を細めた。
「来たってことは俺とやってもいいってことかよ?」
意地悪くからかうような口調の黒島に志水は平然と返す。
「そうだね」
黒島は苦笑いであらためて志水の顔を見ようと、そっと前髪をかき上げた。
うっとおしそうに眉を顰めた志水を見つめる。
「男が好きなのか?」
「……人による」
「そりゃそうだ。もっともだ」
黒島は笑うと、それっきり志水から興味をなくしたように音響卓にいるスタッフたちと話を始めた。
志水は放って置かれても特に気にするでもなく、リハーサルが再開されてからも、黙ってそれを眺めていた。
終わるとひとりで何も言わず帰っていき、また翌日もリハーサルを見にやってきた。
黒島から、志水のことはスタッフや劇場関係者にも伝えてあった。公演中も来たらいつでも俺の隣に席を用意してやってくれと。
ゲネプロで初めて通しを見た志水に、黒島はどうだ?と感想を求めた。
志水は少し考えて答えた。
「……あの人たち、怖くないの?」
「怖い?」
意外な答えに、黒島が興味を示す。
「何が怖いって?本番が?」
「……いや、なんでもない」
子供らしい語彙の少なさか、志水はもどかしそうに言葉を飲み込んだ。
「おまえはどう思う?」
「なにが?」
「あそこに立ったら、おまえは怖いと思うのか?」
「……」
役者がはけて今はスタッフが行き交う舞台上を、志水はじっと見つめている。
黒島が唐突につぶやいた。
「あそこ、立ってみろ」
独り言かと思って志水は黙っていたが、いきなり黒島に腕を掴まれ引き起こされた。
マイクを通した黒島の声が響く。
「おい!後藤!今からそっちにやるこいつを、板にあげて0番に立たせてみろ」
そう言って、志水にあそこにいけと舞台を指し示した。
渋々と座席の間を移動して、志水は指示通りに舞台へ向かった。後藤と呼ばれた助手の男が、手招きして舞台に上げると、中央に志水を連れて行く。
「おい!客電落とせ!あいつにピンくれ!」
黒島の声に、一瞬で劇場が暗闇につつまれ、次の瞬間、ピンスポットに志水の姿が浮かび上がった。
ああ、違和感が消えた。
黒島がつぶやいた。
志水がなにを感じたのかはわからなかったが、公演中、志水は何度となく劇場に現れ、いつのまにか黒島の側に座っていた。
そしてカーテンコールがはじまると黙って帰っていく。
公演が終わってからは、誘えば黒島のワークショップにも顔を出すようになった。
もっとも最初はただ眺めているだけだった。
そのうちなんとなくストレッチや体幹トレーニングに見よう見まねで混ざるようになった。
身体を動かすのは嫌いじゃないらしい。
実際志水は身体の使い方がうまく、他の役者たちと同じ指示での動きでも不思議な表情があった。
コンテンポラリーダンスの指導者もそれを認めた。
「おもしろいね、彼」
誘っておきながら、黒島は特に志水に芝居を勧めるようなことは言わなかった。
志水の興味の向くままに放っておいた。
気の向かない日は現れないし、来年は受験だとも言っていた。
だが、新しい公演の読み合わせが始まると、黒島は志水をそこに同席させた。
名だたる俳優たちが一堂に会した場で、役者でもなんでもない、制服姿の高校生が黒島の隣に座っているのに、俳優たちもスタッフも戸惑いをかくせなかったのだが、黒島はカンパニーに志水をこう紹介した。
「彼ははこのカンパニーの亡霊です。君たちには彼の姿は見えません」
やがて、黒島のカンパニーの亡霊は、「黒島桐彦の秘蔵っ子」と業界での噂になった。
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