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薄荷煙草・・・・3
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--------------3
田嶋の3年の夏が終わった。
高校総体は準決勝で敗退したが、1年からレギュラーを続けてきた主将の田嶋は大会前からかなり注目されていた。大学から以降夏休みの練習への参加を打診もされ、気持ちは高校バスケから、大学リーグへと向かっていた。
大会から戻って、結果報告に美術室によってみたが、部員たちが課題を製作中で貴戸はいなかった。
「先生、おとといから風邪みたいで来てないです」
少しがっかりした。試合の話を聞いて欲しかったし、進路のことも話したかった。
担任でもないのにおかしな話かもしれないが。
諦めて、帰宅中、ふと年賀状に書いた住所を思い出した。番地までは、うろ覚えだが……多分車でわかるんじゃないか。
顔を見るだけ……ならいいだろうか。
負けたのに、訪ねていくのは、どうにも格好がつかないが、でも……。
田嶋は、自分の家のバス停を乗り過ごし、貴戸の住む街へ向かった。
そこは静かな住宅街で、古い立派な屋敷が建ち並んでいた。
田嶋は覚えのある住所のあたりをうろついていたが、すっかり途方にくれていた。
実家なのだろうが、未だ貴戸という表札を探せないでいる。あの車も見当たらない。
何度目かの角を曲がり、道に張り出す見事な百日紅の枝の下をくぐった時だった。
ちょうど、通りに入ってきた見覚えのある車が、その百日紅のある家の門の前で止まり、運転席から男が降りた。
「……あ!」
田嶋の漏らした声に、顔を上げたのは貴戸だった。
「田嶋?何やってんだ?おまえ……」
いつものおだやかな声が、ガラガラと濁っていた。
なぜか自分の顔が真っ赤になっていくのを感じ、田嶋はあわてて頭を下げた。
「あー報告か?どうだったよ」
「負けました。66対69」
「そっか」
「……先生、風邪、大丈夫なんですか?運転なんか」
「ああ、オレはもういいんだ。熱もないし……」
そう言って、貴戸が大きな木の門を開ける。
「ちょっと待ってろ。車入れるから」
再び運転席に乗り込むと、助手席に白髪の老人の姿がある事に気づいた。
目が合うと、ゆっくりと頭を下げられ、田嶋も慌てて一礼する。
父親だろうか……。
慣れた動きで門の中のカーポートに滑り込む車体。
その時、門柱の表札が目に留まった。
『曽我部』
ここは貴戸の家ではないのか?
車を止めた貴戸が、キーを鳴らしながら、戻ってきた。
「おまえ、晩飯食ってく?」
「は?」
目を丸くした田嶋を見て、ふっと笑うと、貴戸は一緒に中に入るように目で即した。
玄関には先ほどの老人が、杖をついて立っていて、田嶋に向かって微笑んでいた。
「友祐の生徒かね?大きいね」
「……はあ……」
貴戸は少し困ったような顔をして、遠慮がちに田嶋に言った。
「親父だよ……」
「曽我部です」
「あっ!どっ、どうもっ!」
思わず声が大きくなってしまった。あわてて田嶋は口をつぐむが、鍵を開けていた貴戸に笑われた。
先生の父だと言う大人の男にどう接していいものか、田嶋は所在なく、杖を置く曽我部をそっと支える貴戸を伺っていた。
フワッとあの香り……テレピン油の匂いが鼻をくすぐる。
そうか、この家でも先生は絵を描くのか。
居間で待っているように田嶋に言うと、貴戸は曽我部をいたわるように体を支えて奥の部屋に消えた。
落ち着いた純和風のいい家だった。
木の窓枠や廊下の床板の手入れも行き届いている。
居間は畳敷きだったが、高そうな絨毯が敷かれ、深い緑の革のソファーとマホガニーの渋色の年季の入ったテーブルセットが置かれていた。
そのテーブルの上に、アルミのぼってりとした灰皿が置かれ、緑色の煙草のソフトパッケージがシルバーのライターと一緒に無造作に置かれている。
マルボロのメンソール。
貴戸は煙草を吸っただろうか?曽我部のだろうか。
何となく、貴戸のもののような気がした。
鉛筆をくるくると指先で弄ぶ癖。
なぜか、胸がざわついた。
ここは、田嶋の知らない貴戸がいるところだ、と思った。
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