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薄荷煙草・・・・4
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立っているのも落ち着かず、田嶋は少し考えて、ソファーに腰を下ろした。
ギッシ……と大きな音が響いた。
ここが貴戸の家なのか。この古さは、生まれて育った家なのだろうか。
しかし今日まで一度も貴戸の口から、曽我部という名は聞かなかった。
貴戸という名字を名乗っているのは、何か事情があるからなのだろうが……。
ぼんやりとガラス越しに、やはりきっちりと職人の手のはいった坪庭を見ていると、貴戸が入ってきた。
「コーヒーでいいか?」
「はあ……」
今を通り抜け、台所で、コーヒーを入れ始めた貴戸が、悪戯な笑顔を見せた。
「おまえ、もしかして、オレの見舞いにきたとか?」
「い、いや」
振り返ると、深く開いたサマーセーターのV字の襟ぐりから、ぐりっと窪んだ細い鎖骨が見えて、そこに、銀色のボールチェーンのネックレスが揺れていた。
その銀色は、よく貴戸のTシャツからのぞいているのだが、今日初めてその先に、金色のリングが通されているのを見た。
コーヒーメーカーがこぽこぽと音を立て始め、豆の香りが鼻をくすぐる。
「生徒がうちに来ることなんてなくて、ちょっと驚いたけど……。うれしいよ」
「す、すいません……」
「いや、俺もインハイどうなったか聞きたかったしさ」
コーヒーの香りがふっと近くなって、顔を上げると、貴戸が、田嶋の前のローテーブルに、黒い北欧風のコーヒーカップを置いたところだった。
そして、自分のコーヒーを手に、田嶋の隣に座った。
ギシリとソファーが揺れる。
先生……。
田嶋は、まじまじと貴戸を見た。
隣に並んだ貴戸は、いつも頭一つ低い位置にあるが、今日はソファーの上で田嶋の方が沈んでいるからだろうか、思いのほか近い位置に長い睫毛を見て、胸が締め付けられた。
その長い睫毛をあげ、貴戸が田嶋を見て言う。
「砂糖入れる?」
見慣れているはずの貴戸の目。
こんなに大きかったのだろうか。こんなに茶色かったのか。
ぼんやりと、木戸の話し声が聞こえる。
田嶋は、コーヒーを啜りながら、その声を黙って聞いていた。
話したいことが、あったはずなのに。
いざ、家まで来てみると、自分がまるで招かれざる客のような、場違いで迷惑な存在に思えた。寂しかった。
聞いてほしいことがあったはずなのに。
田嶋は、言葉を見つけられずに、顔を赤くして、唇を真一文字に結んだまま黙り込んでいた。
そんな田嶋を見て、貴戸がふっと優しく笑った。
「さて……腹減ったよな。飯にしようぜ」
コーヒーを飲み干すと、貴戸は立ち上がった。
体が揺れて、田嶋もはっと我に返った。
「先生が肉食えないんで、結構地味な晩飯なんだけどな」
そう言ってから、貴戸は何か思い当たったように眉をクイッとあげた。
そして、照れくさそうに唇をゆがめて田嶋に言った。
「……その……オレ、26ん時に、曽我部の養子にはいったんだ。自分の先生だったもんで、つい」
ああ、と田嶋は合点がいった。
貴戸が曽我部の事を親父と呼ぶ時の、遠慮がちな様子……。
そうなんですか……と努めてなんでもなく、田嶋は応えた。
食事の間、貴戸は戸惑う事なく曽我部を先生と呼び、曽我部は貴戸の事を時々貴戸くんと呼んでいた。
通いの家政婦が用意していくらしい野菜中心の上品な料理に加え、曽我部が、若い子がいるのだからと、近所の肉屋にすき焼き用の肉を届けさせた。
曽我部は実は有名な洋画家で、貴戸は芸術大で師事をうけ、そのまま研究室の助手となった。養子となった経緯は聞かなかったが、貴戸が早くに親を亡くしているらしいことはなんとなくわかった。
曽我部はゆったりとした関西のイントネーションで話す。
田嶋のバスケの話も楽しそうに聞いてくれたし、大学時代の貴戸の話も田嶋にはう嬉しかった。
だが、二人の間には、他人が近づけない深い親密さを感じ、寂しさは増した。
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