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薄荷煙草・・・・5
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--------------5
木戸の車に乗ったのは久しぶりだった。2年の冬休みに貴戸のホームセンターの買い物に付き合った。帰りにまたあのラーメンを食べた。
カーステレオはいつもラジオに合わせてあって、田嶋の知らない音楽が低く流れていた。
「なあ、うちのすき焼き甘いだろ?平気だったか?」
「いや、うまかったです。ごちそうさまでした」
「先生の味なんで、関西風で」
「うちも、確か母方のばあさんは関西だったと思うけど……。でもまあ、うちじゃ、すき焼きなんてやんねえから。味付けは解んねえなあ……」
「そうなの?」
「食費に危機感を感じてるらしいです」
「ははは!!」
狭い車内はさっきのソファーよりも、もっとずっと貴戸が近い。
右上から見下ろす貴戸の横顔。
やっといつもの貴戸を感じて田嶋はホッとした。
コンソールボックスに、さっきテーブルの上で見たのと同じ煙草を見つけ、何となく、田嶋は声をかけた。
「……先生、煙草、いいですよ」
「え?」
貴戸が、きょとんと顔を上げる。
「ああ、いや、吸うのかなと思って」
田嶋が言うと、貴戸がちっと口をゆがめてみせた。
「生徒の前じゃ吸わねえよ。お前も隠れて吸ってんじゃねえだろうな?」
「吸いませんよ」
田嶋もぶすっと答えた。
「軽い煙草にするくらいならやめろって思うんだけどなあ……。まあ、口さみしいってヤツだよな……」
メンソールの煙草……。吸った事はないが、薄荷の味でもするのだろうか。
貴戸の唇は……その煙草が香るのだろうか。
同じ煙草を吸えば……、貴戸とのキスを感じられるんだろうか……。
そんなことをぼんやり考えていたら、信号が赤になった。
車が止まると、フロントガラスにポツポツと水滴が落ちてくる。いつの間にか雨が降っていた。
そして……。
気がついたら田嶋は、貴戸の唇に自分の唇を重ねていた。
気がついて、慌てて体を離す。貴戸はなんの反応もせず、何も言わない。
ただ、信号を見ていた。木戸の白い顔に赤い色が反射している。
そんな事は言うつもりではなかった。
言うつもりではなかったのに……。
「先生……」
ゆっくりと貴戸が田嶋を見上げる。
「先生……オレ……」
「先生が好きです。もうずっと……」
信号が変わって、車が走り出す。
無言の貴戸に、居た堪れなくなって、バス停を見つけた田嶋は声を上げる。
「そこでいいです」
貴戸が、ふう……とため息をつく。そのまま、ウィンカーを出したのでバス停で止まってくれるのかと思ったが、車はバス停を通り越し、明かりの落ちたパチンコ屋の駐車場に入った。
暗い駐車場、わずかな街灯の灯りが窓に落ちてくる雨を照らしている。
「すいません……変なことして……変なこと言って……」
田嶋がつぶやくと、貴戸は少しシートを倒して、もう一度ため息をつき、両手を頭の上で組んだ。
貴戸はもう自分と口を聞いてくれないのではないか……田嶋は思った。このまま、もう目を合わせてもくれないのでは……。
「すみません、気持ち悪いですよね……」
「いや……そうじゃなくて……」
そう言ったっきり、貴戸はやはり黙っていたのだが、流れていたラジオの曲が変わった時、田島を見遣り、静かに話し始めた。
「そうじゃなくてな……まず、言っとくな……。俺はゲイ。恋愛対象は男」
「……え……」
思わず貴戸を見る。
木戸も田嶋を深い表情で見つめていた。
「お前は別に変でも気持ち悪くもないんだから……そんな言い方はするな」
自分の行動も、自分の口から出た言葉にも、田嶋はなんの自覚もなかった。
でも、貴戸に言われてあらためて、自分はそうなのか、ゲイなのかと自問する。そして不安になった。
不安……今までいた場所からはじき出されるような、今まで繋がっていた人たちから切り離されるような……。
ばん!と力強く肩に手を置かれる。
「ま、いきなりキスはダメだよな。男同士でも。犯罪!」
「…‥す、すみま……」
もういいよ、と肩を揉んで、貴戸はコンソールボックスに手を伸ばした。タバコを取り上げ、口元に持って行くと、中から一本タバコを咥えた。
プラスチックのライターで火をつけるとふわりとタバコが香った。
また田嶋の知らない木戸の顔になった。しばらく、無言の時間が流れる。貴戸がため息のように吐き出す薄い煙だけが漂い、薄く開けた窓から流れていった。
「……先生は……今好きな人いるんですか?」
それが聞きたかったことなのかわからなかったが、田嶋はそう問いかけた。
「……うん……」
なんだ、いるのか、そうなんだ……。だが、なぜか田嶋は自分が、安心しているのがわかった。そうだ、自分とは、関係のない世界だ。
「……はは、いきなり失恋しました」
田嶋がそういうと、ふっ……と貴戸が笑った。
「失恋の相談にならのるよ」
「えっ」
「はは、嘘。……でも、この先、なんか、いろいろ迷ったり、辛かったりしたら……いつでも話しにこいよ」
「……はい」
もう、貴戸のところには、行かないだろうな……。田嶋は思った。
多分、自分は間違ったのだ。自分の気持ちを読み違えた。貴戸との距離を勘違いした。
もともとなんの接点もない人だった。
好きだったテレピン油の香りは、知らないタバコの匂いにかき消された。
突然ワイパーが動いて、雨で歪んでいた風景が、さっとクリアになった。
「……行こうか。遅くなったな」
貴戸はタバコを灰皿で消すと、窓を閉め、シートを起こした。
車は静かに走り出し、駐車場の出口に向かった。
道路に出て、最初の信号だったろうか。
信号が点滅し、貴戸がブレーキを踏みスピードを落とした時だった。
右側から眩しいライトが近づいた。
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