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毛皮のマリー・・・・2
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・・・・2
歌舞伎町でホストをやっていた葛木が今の店に引き抜かれ、経営を任されるまで、そう時間はかからなかった。
ふたつ目の店舗も順調なオーナーでありながら、葛木の容姿は表から退く事は許されないようだ。いまだに客からの指名が多く、VIPルームで破格の金銭感覚で遊ぶ太客のテーブルにのみ、顔を出していた。
その日、入ってきたその一見の団体がまとう空気に気づいた葛木は、すぐに個室に通すよう指示を出し、セッティングをすませた若いホストを下げ、ナンバーワンのホストを連れ自ら挨拶に出向いた。
すでにフロアーは香水の匂いを充満させ、ホステスや高級風俗店で働く女達がホストをはべらせ、甲高い笑い声を上げていた。個室のドアを開けた瞬間、その騒ぎが滑り込んだが、2重のガラス窓と分厚いドアがそんな騒音をすぐに遮断する。
白髪を上品になで上げた恰幅よい和服姿の老人を取り囲むように、強面な男と、派手な着物の年増女、そしてもうひとり、白いまだら模様の毛皮のコートにくるまった青年が初老の男の隣に深く腰を下ろすなり、長い脚を組んでそっぽを向いた。
葛木は従えたホストとふたり、毛足の長い絨毯に片膝をつく。
「はじめまして、ようこそ。アキラと申します」
「優斗です。ようこそお越し下さいました」
「初めて来た客をずいぶんいい部屋に通してくれるじゃないか、この店は」
温厚そうな声であるのに、ぶるっと寒気が走るような、威圧感のある響き。
葛木が微笑みを張り付かせたまま、注意深く老人を見上げると、薄く色の入った眼鏡の奥の眼はすでに葛木を見据えていた。
「お気に召していただけますか?あまり騒がしいのはお好きではないかと思いまして」
「気を使わせたね、場違いな年寄りが。こいつがどうしてもこの店で遊びたいっていいやがるんでね」
老人が顎をしゃくった先の女は、跪く葛木に向かってはしゃいだ声で笑った。
「いややわぁ。いきなりあんたがついてくれるのぉ?あたしだけじゃ、顔もみせやしなかったじゃない。ねえ、パパ。この子たち、この店じゃもう、一見なんかに顔もみせてくれないのよ。今日はどうしたんやろねえ」
葛木はゆっくり微笑みをつくり、名刺を差し出す。
「奥様、以前もいらしていただいたんですか?じゃあ、私今日は運がいいですね。店に出させていただくの久しぶりなんですよ。改めまして、ご挨拶させてください。当グループ代表の葛木アキラです」
「あら、運がいいのはこっちだわ。社長さん」
葛木の名刺を機嫌良く女が受け取ると、「じゃあ、こっちも挨拶させてもらおうかね」と老人が強面の男の一人にクイっと指先を示す。
老人にかわってその男が、葛木に名刺を渡す。
「波津國男」とあるそれは、案の定、このあたりをしきっている昇龍会の金の紋のはいったものだった。
「まあ、楽にしてくれ。うちらも、気楽な酒を飲みてえだけだからな。ま、これを機に、こいつのひいきをうけてやってくれ」
「もちろんです。奥様。これからもどうぞ、よろしくおねがいします。では、お酒を準備させますので」
「あれだあれ。ドンペリとか言うやつを、2、3本あけてくれ。景気よくな。あんたも座りな。葛木さん」
「ありがとうございます」
葛木の目配せで優斗が立ち上がる、と、ついでのように、毛皮の青年も立ち上がった。
「どうした、アキヒコ」
「……車に戻ってる。眠い」
気の抜けたようなかすれ声でそういうと、青年は優斗のあけたドアに滑り込むようにして個室を出て行った。
老人は飽きれたようにため息をついたが止めはしない。女がこれみよがしにしなだれかかる。
「ははん!今日はパパがあたしをかわいがってくれはるからね、すねてんのや、あのこ。ねえ、アキラさん、今日はあたしの誕生日なの」
「ええ!それはおめでとうございます。ほんとうに、私は今日、タイミングがいいですね。是非、当店でお祝いさせてください」
その時葛木は、毛皮の青年の事を得に気に留める事は無かったのだが、後日、ふらりとその青年はひとりで遊びにきたのだった。
それが波津アキヒコだった。
単独の男の客は珍しくはない。つまり葛木の店は、男に抑圧されている人種が、男を見下しにくるようなとこだから。札束で。
若いホストを鼻であしらい、葛木を呼べと横暴な態度の波津に、逆に興味を持って席に着いた。
毛皮のコートの下は洗いざらしのヘインズのよれたTシャツ、着古しのデニムは穴だらけ、その足元は泥に汚れた裸足で雪駄を引っ掛けていた。
嫌がらせに来たチンピラといった出立ちだ。
「ご指名ありがとうございます。覚えててくださったんですか?」
しらじらしく微笑んで酒を注ぐと、波津はぷっと吹き出し笑い出した。
「オヤジの名刺ってやっぱすげえんだな。アンタもびびらすんだからな」
「そんなことはありませんよ。ご指名うれしいですよ……アキヒコさん」
記憶をたぐってその名前を呼ぶと、波津は一瞬戸惑った顔を見せたが、ふわっと表情を崩すと、のけぞってケラケラと笑いだした。
はずみで膝がテーブルに当たり、ボトルが倒れ、慌てて葛木が手を出したが、少し毛皮にかかってしまう。
「申しわけありません!すぐに、お手入れに……」
「ああ、いい!どうでもいいよ、こんなの」
そう言って波津は自分の手で毛皮で拭った。
葛木はそれを制してすばやく新しいおしぼりをあて毛皮に溢れた酒を拭った。幸いシミにはならなかった。それからハンカチを取り出し、波津の手を拭ったが、波津はめんどくさそうにそれを払ってタバコを咥える。すかさず葛木は自前のライターで火を差し出した。
一瞬ではあったが、あらためて見た波津は、ブリーチしていた跡がうかがえるパサついた髪や柄の悪い服や態度とは対照的に、恐ろしく整った顔をしていた。
「アンタいくつ?」
「え?歳ですか?……25です」
「へえ、タメか」
目元が少し和らいだ気がした。
「アンタもなんか飲めよ、カツラギサン」
「ええ、いただきます」
「あと、もっと若いやつ集めて!人数分酒入れるから!」
上品とは言い難い遊び方だったが、その夜葛木は言われるままに酒を空け、そして……。
誘われた。
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