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毛皮のマリー・・・・5
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「なあ、腹減らねえ?」
あくび混じりの間の抜けた声で波津がいう。
「そっすね……」
起き抜けの一服。流石に疲れたと葛木は煙を吐く。
「なんか作りましょうか?」
「は?作る?」
「ええ、なんか……味噌汁とか……」
葛木の提案に波津は真剣に驚いている。
「冷蔵庫、見せてもらっていいですか?」
とりあえずパンツを履き、キッチンへ。
大きな両開きの冷蔵庫を開けると、見事に何も入っていなかった。酒以外。
味噌や野菜クズくらいならあるのではと思ったが甘かった。
冷凍庫も氷とアイスとウォッカの瓶が転がっているだけ。
「なんか食いに行こうぜ」
無駄なことしてるな、とでも言いたげだ。波津がめんどくさそうに言う。
「……そっすね」
時計はもう夕方近い時間をさしていた。
「じゃあ、オレ、そのまま、店行きます」
ほんと疲れた。
豪華なタワーマンションの近くの取り残されたような安っぽいラーメン屋のテーブル席に、毛皮をまとった波津は妙に違和感なく納まっていた。店のオヤジに気軽に声をかけたとこを見ると、多分あの空っぽの冷蔵庫の代わりに波津の胃袋をこの店が満たしているのだろう。
だが、注文したラーメンを前にしても、波津はまったく手をつけず、ビールを飲むばかりだ。咥えたタバコももう何本目だろう。
「食わないんすか?」
「食ってるよ」
とはいうが、さっきから上に乗ったメンマをつまんだっきり、ぬるくなったスープを吸った麺がのびていく。
「……アキヒコさん、普段飯食ってんすか?」
「はあ?食わなきゃ死ぬだろ?食ってるよ」
多分この人の食事というのは、酒と乾いたつまみ程度のことなんだろう。
波津のことは考えまいとは思ったが、やっぱり考えてしまう。
……せつない人だ。
葛木は、昨夜の続きのようなため息をつき、自分のラーメンをスープまで飲み干すと、波津に向き合い直した。そして、自分の番号を表示したスマホを差し出した。
「アキヒコさん、次から直接呼び出してくださいよ」
波津はしばらくスマホの画面を眺めていた。
「……金はいらねえってこと?」
「いや、つまり……口実はいらないってことです。セックスとか」
いきなり何をと、波津は飲みかけていたビールを吹きこぼした。
「はあ?」
すました顔でティッシュをとり、テーブルを拭く葛木に、呆気にとられる。
「やる気もねえのになんでお前呼ぶんだよ」
「まあ、友達ってことで」
こともなげにそう言って、葛木は笑った。
波津はただただ、口をポカンと開けて葛木を見ていた。
「とりあえず、アキヒコさんの好きな料理、今度作りますよ。何か好きなの」
「……」
外国の言葉でも聞くように、波津に反応はない。
手にしたタバコから灰が落ちそうで、灰皿を下に置いてやる。
所在なく葛木もタバコを取り出した。咥えて火をつけた時だ。
「……オムライス」
波津がボソリとつぶやいた。
それから自分のスマホを葛城の前に放りだし、番号登録しとけというふうにトンと指で示すと、咥えていたタバコを灰皿ですりつぶし、勢いよく伸び切ったラーメンを啜り始めた。
「オヤジ!クソマジい!!」
カウンターの奥から店主の声がする。
「はい、ありがとよ!」
そうだ、この人は死にたいんじゃないんだ。生きようとしてるんだ、必死に。
他人にこんなふうに心を動かされたのは初めてだった。
波津を見詰める葛木に、温かな気持ちが込み上げてくる。
「オムライスね、了解」
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