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毛皮のマリー・・・・6
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波津から葛木に電話がかかってくることは、結局その後もなかったが、葛木がいようがいまいが、気まぐれに一人で店にやってきては金を落としていった。
来るなと言ったわけではないのだからかまわないのだが、そう簡単に友達というわけにはいかないらしい。あくまで客とホスト。
そのまま酔っ払って帰る時もあれば、葛木を待って昼近くまで飲みに付き合わせることもあったし、そのまま波津のマンションに泊まることもあった。
だが、あの夜以降、セックスにつながることはなかった。
もしかしたら、これが波津なりの友達としての付き合いということなのかもしれない。
首に締めた後が残っている時もあったので、そっちは適当にどこかで解消しているのだろう。
一度、夜の六本木を昇龍会のバッヂをつけたスーツ姿の男たちと歩いているところに出くわしたことがあった。相変わらずの白いマダラの毛皮が目をひいて、一見、男たちを率いて歩いているようにも見えた。実際波津が組でどんな位置にいるのか、葛木は知らない。ただ、その時、波津は葛木を見とめたはずなのに、表情も変えず素通りで行ってしまった。
波津が葛木の部屋に来たのは知り合ってから半年以上経ってからだった。もちろん電話などなく突然だ。
太陽がまだ真上にある時間にインターホンが鳴り、寝ぼけながらモニターに映った顔を見た時は、昼間見る予定のない顔にギョッとした。一度、深夜に組の車で送ってくれたことがあった。それで覚えていたのだろう。オートロックを開けて、部屋番号を告げる。
「飯食いに来たぁ!」
そういって無遠慮に部屋に上がり込んできた波津は、真夏なのに毛皮にくるまっていた。なのに汗もかかず、指先は震えてさえいる、
やばいなあ……と葛木は眉を寄せた。
波津が薬物を使用しているのはわかっていた。わかっていたが、何も言わないでいた。葛木もまた、波津との距離をいまだ測りかねている。
出勤前にもう少し眠れたのだが、仕方がないので、冷蔵庫のあり合わせで、前に約束したオムライスを作った。
鶏肉はなかったが、チキンスープで炊いた飯に刻んだベーコンと玉ねぎを入れ、ケチャップで炒めたチキンライスを作り、やったことはなかったけれど、それを茶碗に入れて、皿の上に丸く山型に抜いた。
卵は3つ。手早くフォークで解いて、少し砂糖を入れ、バターを溶かしたフライパンに流す。
オムレツは得意なのだ。トントンとフライパンを持つ手首を叩いて、振動を加え、形を整える。
その一連の動作を波津は真剣に見守っていた。
チキンライスのオレンジ色の小山の上に、黄色いオムレツを乗せ、どっかで見たやり方でスッとオムレツの表面にナイフを入れると、フワッと毛布が広がるように卵がオレンジ色を包み込む。
「まじかーすげー」
子供のような物言いに、葛木が笑う。
「どうぞ、お召し上がりください、おぼっちゃま」
テーブルに皿を置き、スプーンを渡す。ケチャップの瓶を差し出すと、波津はちょっと顔をしかめた。
「チューブじゃないの?」
「え?何が?」
「これじゃ字書けないじゃん」
葛木は目を丸くする。
「ご、ごめん、次は用意しとく」
まあしょうがねえと、波津はケチャップの瓶をふり、どっぷりとケチャップを落とす。
そして突き立てたスプーンに乗るだけすくいあげると、大口をあけて掻きこんだ。
いい食べっぷりだ。
昼間の陽の下でみる波津は、うすよごれた毛皮や爪が、迷い込んだ犬か猫のようだった。
だが、ああ、この人昼間もちゃんと生きてるなと、葛木は嬉しかった。
「おいしい?」
「まあまあ」
「まあまあか」
口元のケチャップを拭ってやる。
「次は何食べたい?なんでも作るよ」
波津は難しそうな顔でしばらくかんがえていたが、オムライスの最後の一口を頬張り、言った。
「ホットケーキ」
この人多分、料理知らないんだな。
せつなさと愛しさが込み上げて、葛木はたまらず立ち上がり、波津の後ろに立つと、両手を前に回して抱きしめた。
「……なんだよ」
葛木を見上げようとした波津に唇を落とす。甘いケチャップの味がした。
唇を離すと、波津が目を細めて葛木を見ていた。
その目を塞ぐようにまぶたにキスをして、再び唇を合わせると、波津の身体を抱きしめ引き起こすようにして、ソファーに連れて行き押し倒した。
葛木の髪を掴み、顔を引き剥がして波津が言う。
「……セックスはなしなんじゃなかったのかよ」
「言いましたっけ?そんなこと」
この人に優しくしたい。この人に愛情をかけてやりたい。
幸せな子供として育て直してやりたい。
いつしか葛木の中にそんな感情が芽生えていた。
まあ、大きなお世話か。
自分こそが、ずっとそれを求めていたのだろう。
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