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猫の主 壱
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「はぁい」
中からしわがれた声が聞こえたかと思うと、ギシギシという音をたててその声の主は近づいてきた。
ガラガラという音を立てて、古びた引き戸が開くと、そこには温厚そうな顔をした一人の老婆が立っていた。
「あらあら、この前の__」
老婆は少し首を傾げながら、微笑んではなしている。
突っかかったところから見ると、どうやら坂口との面識はあるが、名前を忘れてしまっているらしい。
「ああ、わたくし、何でも屋の坂口と申します」
「ああ、そうそう、坂口さんね。
ごめんなさいねぇ、最近忘れっぽくって」
名前がわかった途端にその老婆はパァァと表情を明るくし、先ほどよりもニコニコしながらしゃべっている。
そして、奏の方を見つめると、首を傾げ、笑みも少し減ってしまった。
なんとなく動作的に、奏を記憶の中から探っているようなのだが、実際奏との面識はないため、知らなくて当然だった。
それでもなお、眉間にしわを寄せて考える老婆を見ていると、なんだか奏まで悲しくなってきた。
名乗ろうと口をひらくが、それは坂口の発言に拒まれた。
「あ、こっちは部下の奏です、面識はなかったですよね。
今まであなたの猫を探していたんです」
坂口は「自己紹介よろしく~」とでもいうように、微笑みながら奏に目配せをしてきた。
奏は「わかってるよ」と少し五月蝿げに目配せをして返すと、老婆に向き直った。
「わたくしは坂口の部下の奏と申します。
以後お見知りおきを」
「あら、初対面だったのね。
道理で見ない顔だと思ってたんだけど、やっぱりそうだったのね。
よろしく奏さん、私は近藤といいます」
近藤は笑うと、「どうぞ中へ」と室内に入れてくれた。
決して豪華とは言えなかったが、そこは昔ながらの温かみのある家だった。
ここに奏たちが来るのを察してか、もうすでに座布団が引いてあった。
「寒いでしょうから、こたつにでも入ってくださいな」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
坂口は近藤の言葉をありがたく受け取ったが、「気持ちだけいただきます」と言って遠慮した。
まぁ当然だろう、仕事なのだから。
「それで__椿、私の猫は__」
「そ、れは__」
いきなり話の中心を突かれ、坂口は対応に困り目線を泳がせている。
「あなたの猫は、亡くなっていました」
奏は静かにそういった。
絞りだしたような、細く、かすれた声で。
あたりに永遠のような沈黙が流れた。
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