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黒川と一生合えない思い人 捌
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黒川が倒れていくのを、ただ言葉もなく見つめることしかできなかった。
そして、ただただ、心の中でも『嘘だ』を連呼することしかできなかった。
幼い自分が倒れていく様を見るのは、初めてだったし、何よりもこんな行動をしたのかすら覚えていなかった。
今の黒川の記憶の中にあるのは、それだけではあまり状況が分からないような、記憶の断片だけだった。
暗い闇の中、一筋の光が見えたような、見えなかったような気がして、それを必死になって走りながら追う自分。
重い背中に向かって、「大丈夫か!?」と問いかける自分。
一度開けた視界が、また暗く戻っていく様。
その中で、必死に誰かを求める自分。
「父さん、母さん、兄さん__!!!!!!!」何度もそう叫ぶ。
次第にはそれがすべて兄への呼びかけと化していく。
「兄さん、兄さん、兄さん兄さん、お兄ちゃん__」段々声がかすれていく。
それでも、呼び続ける。
そんな、よくもわからない記憶。
しかし、この夢で大体の予想はついた。
自分はやはり、黒煙の立ち込める中、奏を負ぶって走っていたこと。
そして、急に返事がなくなったため、奏を心配したこと。
倒れた時に、真っ暗な空間のなかで、それでも家族を呼んだこと。
__ですが、やはり『お兄ちゃん』は気に入らないですね。
何故か昔のころの、幼児のような呼び方になっていて、それが嫌だった。
なにせ黒川は、実の兄が大嫌いだったのだ。
だから、自身の中で彼を殺した。
もう彼という生き物は、自分の心の中にはない。
あるのは奏、そして坂口。
兄の居場所なんて、どこにもない。
事実上、彼は生きているし、それでも黒川は彼を殺してしまったから、決して兄とは扱わない。
最後に兄として扱ったのは、幼稚園くらいの時だったような気がする。
兄なんかじゃないのだ、あれは。
枠の外から、それを見る。
自分が暗闇の中で一人、必死に叫ぶ様を、無様だと思いながら。
自分とその世界とでは、もう見えない空間ができてしまったようで、その世界にたとえ共感したとしても、決して入っては行けないだろう。
「奏さんを救えなかった”黒川”は、なんとみじめで無様な生き物なんでしょう__」
そういう黒川は、赤の他人から見れば、笑っている単なる酷い人間だと思われたのかもしれない。
しかし、もっと親しい奏や坂口が見たら、余りにも自傷的な笑みを浮かべていて、それは見ているだけでも辛くなるような、そんな風に思ってもらえたのかもしれない。
「奏さん、いつかあなたを元に戻してあげますから」
__本当は戻ってなんて欲しくはないのだけれども、それでもきっと奏さんはそれを望みますから。
今の関係を壊したくはなかったし、悪い記憶を呼びおこさせるような行為はしたくないと思っている。
それはきっと、今までもこれからも、永遠の願いなのだろう。
しかし、それと同時に、奏の強い意志だって知っている。
自分の失われた記憶を思い出したいという、強い願いが。
だから、黒川はこうしてひとり悲しむのだ。
そして、目は覚めた。
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