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3話「飛び出た」
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「千田ちゃんもでかいけど、千田ちゃん何センチだっけ?大ちゃんよりは小さいよな」
合流して来たグループの方の男子、沢野がそう言って振り返っていた。
話しかけている相手の名前くらいは知っている。
千田愛(ちだめぐむ)。愛と書いてめぐむと読むらしい。
「俺は180だよ」
意外とすんなり相手は声を出した。
ニコリとした笑顔を付け加えたもんだから、えらいイケメンに見えて。
思わずごきゅりと変な唾を飲む。
「うへぇ、お前千田ちゃんとも5センチ違うの?デカくなり過ぎじゃね?」
べしべしと肩を叩かれた。
デカくなり過ぎと言われても、これは母親からの遺伝だろう。
女性にしては母は背が高い。父もそこそこ高かった・・とも思う。もうあまり覚えていない。
「痛い痛い、やめて」
「うはは。で、何の話ししてたの?あんなうるさく」
沢野が本原に目を向けて聞く。
本原は少しボーッとしていたらしく、話かけられてハッとしたように俺を見上げて来た。
「えーと・・?」
本当にぼんやりしていたのか。
頭がこっちの会話に追いついていない。
「えーと。あれ、卒業旅行行かないかって言ってた」
「え、お前ら旅行行く金あんの?」
「言うな言うな。金のことは言うな」
救馬が手をブンブンふりながら変な顔をして言って来る。
「Qちゃん(求馬のあだ名)は金ねえだろー!万年金欠って感じ!」
「はあ!?あるときはあるし!バイトとかもしてたし!」
「あ?そうなの?」
「してた!居酒屋!」
「うちの高校居酒屋ってバイトして良かったっけ?」
「どうだったっけ」
「ダメじゃね」
「その辺はほら、」
「Qちゃんいけない子ー!」
沢野、本原、宇田っち、救馬、それからそれ以外の数人がわいわいと救馬のバイトについての会話を始める。
もとからうるさかったのにまたうるさくなって来た。そろそろ車内迷惑を考えよう。
うるさいと言うまいか迷って面倒くさいと思えて来た辺りで、ふと隣に誰かが寄って来た。
「うっさいね、こいつら」
呆れた様子で。
話しかけてきたのは千田くんだった。
千田・・くん。なんと言ったらいいのか。一応年上だから、始めは敬語の方がいいのだろうか。
「ぁー、そう・・です、ね?」
「?・・何で敬語」
「いや、え、年上だよね?」
何だ、ため口聞いていいのか。
「あー、そういう。いいよ、敬語とか堅苦しいし。どうせ1個しか違わないから」
本人は留年したことも歳の差も、あまり気にしていないらしい。
少し疲れたように笑いながらそう言ってくれた。
何だか不思議な雰囲気を持っている相手だ。触れにくい・・話しにくい・・なんだろう。そういう感じが拭えない。
そりゃあ、初対面というのもあるのかもしれないけれど。
「じゃ、タメで」
「うん」
ニコリと笑み。
「旅行ドコ行くの?」
あまり視線が下がらずに会話のできる相手も珍しい。
同じクラスに180以上がいないせいか、新鮮な目線になれる。
ゴトンゴトンと動く電車。
次の乗り換えまではまだ時間がある。
「決まってない。卒業後の春休みに行くことになるからなぁ・・普通どこ行くんだろ」
「行きたいとこ行けばいんじゃない?」
「行きたいとこ・・何がどこで有名とかわかんないんだよね、俺。テーマパークとか野郎で行ってもあんま?じゃん?」
「あはは。確かに」
「だったらやっぱどっか遠く行きたいよなー・・」
「んー・・とりあえず、北と南どっち行きたいの」
「え、三月だろ?だったら暖かい方に行きたい」
案外会話が弾む。
始めのあの感じはなんだったんだろうか。
真っ黒な髪と、薄めの茶色の目。
サラサラしてそうな髪は、少し長めで。
細身な体はスッとした感じで格好いい。全体的に線が細い印象を受ける。色白なせいもあるのかもしれない。
「暖かい方かー・・熊本とか、鹿児島とか」
「九州って何があんの?」
「ん?何だろ」
分からないのかよ。
「でもいいな」
「え?」
「卒業旅行とか。俺色々あって修学旅行行けなかったから、うらやましい」
「え。修学旅行行ってないの?」
びっくりして聞き返すと、変な顔でもしていたのかクスクスと笑われた。
「んー、色々あってさー。だからうらやましいわ。楽しんで来てね。その前に受験あるけど」
「あー、それ言わないで。えー、何で行かなかったんだよ。俺たちの超楽しかったよ」
「結局沖縄行ったんだっけ?」
「そうそう。すげー騒いで問題起こして1日目の夜から呼び出されてお説教食らった」
「あははは!それ聞いたかも。騒ぎ過ぎだろー」
千田くんは笑いながらそう言った。
もう少しで乗り換えの駅だ。
何だか回りもそわそわとし始める。
「いいなあ、楽しそう」
ひとしきり笑ってから、ふっと冷めた感じで一言。
千田くんも乗り換えの駅が近いことに気がついたのか、そわそわしだした周りの人たちを見ながら言う。
その横目の感じが。
何故だか妙に色っぽく見えた。
「・・・」
「沢野からよく聞くんだけど、サボったりとかもすんの?俺したことないからさー。どういう感じ?」
「ぇ?ああ、」
するりと眼球が動いて、こちらに視線が来た。
薄い茶色が電気の明かりでキラリと一瞬光をはじく。
「サボって何すんの?」
「え、」
「グダグダ?家帰ったり・・とか?」
年上なのに、そういうこともしたことがないのか。
そう思ったら何だか、なんだろう。
教えてみたい、というか・・・
「いや、帰らないで何か・・遊んでる」
「ふーん」
「たまに、公園で遊んでる子たちに絡んで一緒にサッカーとかしたり」
「あはは。楽しそう」
「鞄に入ってたプリント遣って紙飛行機折って、飛ばしたり」
「何それ。子どもだなー」
あ、なんか。
分かった。笑い方が、人懐っこい。
寂しげで、ちょっと疲れた感じだけどすごく、 可愛い ・・みたい、な。
「サボってみる?」
気がついたら、
「え?」
そう言っていて。
「・・・うん」
そう返事が聞こえた瞬間、
《ドアが閉まりま??? 》
車掌さんのアナウンスを聞きながら。
閉まるな!
と思いながら。
勢い良く千田くんの左の手首を掴んで。
俺たちがいたドアとは反対側のドアから、ドタッと駅のホームに飛び出ていた。
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