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15話「聞いた」
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俺が千田を好きかもしれなくて、沢野が本原に告白してて、返事待ってて、全員男で、だから・・ゲイってことで、で・・で?
「ん・・あれ?えっと」
「お前大丈夫?」
「ヤバい、馬鹿だから・・やばい、頭の中ごっちゃごちゃ」
白いベンチに俺と沢野がぽつんぽつんと座って。
顔を合わせながら小さな声で喋る。
控え室からも遠いここじゃあ、俺たちの会話はあっちには聞こえないだろう。
あいつらがこっちに歩いて来たら、救馬の声と足音で気がつくだろうし。
「あはは。まあまあ、落ちつけ。な」
「お、おお・・」
沢野は別に平然としている。
俺は訳が分からなくて混乱して来たので、とりあえず一度深呼吸。
何だか埃っぽいそれを、肺いっぱいに吸い込んだ。
「ふぅー・・・」
そして、一気に吐き出して。
目を数回パチパチさせてから、頬をパン、と一度叩いて。
「よし、」と声をかけ、沢野の方を向いた。
「俺が千田を好きかもしれなくて、沢野が本原を好きってことだな」
「そうそう。まとまったな」
「おう」
苦笑い気味で沢野がニッと笑った。
特徴的な八重歯が見える。
「俺、本原から何も聞いてないわ」
「あー、多分アイツのことだから。ほら、真面目馬鹿だから。俺のこと考えて、誰にも言ってないと思うよ」
「そっか」
「救馬に何か言ったら学校中に俺がゲイってバレるし」
「だな」
沢野は前のめりになって、膝にひじをのせ、その手の上に顎をのせて。俺を見上げつつ、ニコニコと話す。
「で。結構前から、お前ってそうなのかなって思ってたの」
「え?」
「大ちゃんは、千田ちゃんのこと好きなんじゃないかなって」
「え?!」
バレていた・・!?
「何で分かったの!?」
「えー。だってほら、いちいちラ○ンの受け答えにもめっちゃ時間かけて、悩んで文章何回も打ち直してから送るし。千田ちゃん見ながらめっちゃ笑顔になるし、普通にしてても千田ちゃんのこと目で追ってるし、ほぼ毎日教室来るし」
「わー。俺分かりやすいなー」
「うんめっちゃ分かりやすい」
にんまりとされた。
俺は見抜かれていたことにちょっと驚きつつ、でもまあ、同じゲイならいいか、と考え直す。
小さな声で喋っている分には響かないが、気を抜いて普段くらいの声で喋るとやはり。この廊下では響いて聞こえた。
遠くどこかの部活の練習中のかけ声が聞こえる。
「・・俺、千田、好きなのかな」
「それ自分じゃないとわからんでしょ」
何となく。まだ自信が無い自分がいる。
「俺さー、」
「ん?」
「母親がバイセクシャルでさ」
「おおっ?」
したことのない会話を始めるくらいには、自信が無い。
流石にこの話しには、沢野も顎を浮かせてこちらを向いた。
「今付き合ってる人は女の人でさ。あ、俺もう凄いその人と仲いいから、父さんとか呼んじゃってるくらいなんだけど」
「え、女の人だよね?」
「そうそう」
興味津々。
そう言う感じで、沢野が姿勢をグンと直してから、今度は壁に寄りかかって俺の方を見る。
「俺が中学の終り位から付き合ってるからー・・もう、3年くらいか。それくらい付き合ってて、良い人でさ。最初はね、俺母親のそういうとこ理解できなくて。そんで中学の時めっちゃ荒れてたりもしたんだ」
「うん」
「でも突然その、ああ、父さんって本名違うんだけどオサムさんっていうあだ名なんだけど。そのオサムさんが、急に家に来るようになって。前までは、色んな男の人とか、何歳?って感じの女の人とかが来てたんだけど・・・その人が来るようになってから段々減って行って。で、今はもうその人とほぼ同居してるから、ぱったり他の人来ないんだ」
「おお、すげーな」
「うん。父さんはほんとすごい。俺中学のとき荒れすぎてて、俺の母親って全然俺に口出ししないし、干渉して来ないから、荒れに荒れたんだ。誰も気にしないし、誰も止めないし・・正直どうでもいいんだと思ってたんだわ、俺、自分のこと。それくらいにほっとかれたから」
「うん」
「あ、ご、ごめんな、なんか、こんな話」
なんだか話しがそれてきてきて。
何が言いたいのか分からなくなってきて来て。
慌ててそう言ったが、沢野は真剣な顔のままだった。
「いいよ、聞きたいし。とりあえず話して、全部」
「ん、ありがと・・んで、えっと・・ああ、そうだ。父さんはなっちゃ・・あ、俺母親のことなっちゃんって呼んでるんだけど」
「うん」
「父さんとなっちゃんて、全然違くてさ。なっちゃんは超無口で無表情なのに、父さんすげーよく笑うし、めっちゃ怒るし、けっこう泣くし・・んですごいよく喋るの。ときどき何言ってるかわかんないんだけど」
「あはは」
「でも俺それが嬉しくてね。中学の最後の方になって、父さんがすげー家に出入りするようになって、正直嫌でさ。やっと来る人が少なくなって、なっちゃんも落ち着いて来て家にいるようになってきたのに、何でこの人来るのかなって思って。すごいやだったんだ」
そのときの自分の家の光景を思い出しながら、懐かしむみたいに話す。
廊下に誰かの足音が一瞬響いてドキリとしたが、遠くの方で、やがて消えた。
「でもね、ある日家に帰って来たら、父さんすげー怒ってて、なっちゃんは大泣きしてて。で、暴力でも振るわれたのかと思って急いでリビング行ったら、全然違くて。父さんすげー大声で、てめえで生んだ子どもなんだからてめえで面倒見ろ!ってめっちゃ怒鳴ってたんだよ」
「おお・・」
「で、何に怒ってたかって、ずっと言いたかったらしいんだけど、もう少し俺に構えって怒ってたんだって。自分がいないとなっちゃん家にいないからって父さんは毎日のように家に来てくれてたんだって。俺となっちゃんの時間作りたくて毎日夕飯作りに来てくれてて、俺となっちゃんが喋るの見たくてがんばって話題つくって1人でベラベラ喋ってたんだって」
「へえ」
「何か知らないけどそれ聞いたらすごい泣いてた。何とも思わないのに泣いてて・・そんで、気がついたらなっちゃんが抱きしめてくれてて。抱きしめられたのとか、すごい・・何年ぶり?くらいで、それでまた泣いて・・で、それからじょじょになっちゃんが俺に話し掛けてくれるようになって。俺も、もうその一回で怒るのに容赦なくなった父さんが、俺の荒れようにめちゃくちゃキレて。それからすごくて・・万引きとかしたらもう、げんこつどころじゃなくって」
「すげーなマジで・・」
「だろ?なんかね・・本当にお父さんになろうってしてくれたのオサムさんくらいだったから嬉しかったんだ。説教ばっかじゃなくてね、行ったこと無いスキーとか、遊園地とか、高いレストランとかめっちゃ連れてってくれるし、仕事帰りにケーキとか買って来てくれるし。あと、なっちゃんは料理できないんだけど、父さんはできるから、俺に教えてくれるし。あの人ほんと、中身男だか女だか分かんないから、16歳の誕生日とかふざけてエロ本くれたし・・なんか、ほんと・・違和感ないんだ」
ああ、何が言いたいか。
やっと思い出して来た。
「だから、父さんを好きになったなっちゃんの気持ち、めっちゃ分かるなあって。これなら惚れるわーって思ったんだ」
「うん」
「そっから俺、同性愛とか気にしないっていうか・・なんか、うん」
「差別とか、そういうのはしないようになった?」
「うん、そう。人が人を好きになっただけなんだって思って」
沢野がベンチに手をついた。
それから上を向いて、「うーん」って唸りながら。
しばらく天井を眺めているようだった。
「いや、だから・・何が言いたいんだ俺」
「まあようは、千田に惚れてもおかしくはないんだよなって、そう言う話しだろ」
「そ、そうそう・・ごめんバカで」
「いや、バカとかじゃねえから。んー・・俺も本原好きだし」
「・・んー、そっか」
2人して、天井を見る。
「大ちゃん」
「ん?」
「1つ言っとくな」
「?」
視線を俺に戻した沢野に合わせて、俺もそちらを向く。
さっきと同じ真剣な表情。
姿勢まで正して、俺は座り直す。
「千田ちゃんって、けっこー難しいと思う」
「難しい?」
「無理矢理聞いたんだけどさ、何で留年したか」
「え?」
その話題が来るとは思っていなかった。
そして、自分が聞くことを避けて来た質問を沢野がしていたことに驚いた。
「何度聞いても話してくれなくて。ほんっとにめっちゃ聞いて、やっと教えてくれたんだわ」
「ん・・うん」
「だから、救馬とか本原とかにも言っちゃだめな」
念を押すように。
「絶対」
と付け加えられる。
「うん」
しっかりと頷いた。
「千田が3年生になるっていう春休みに、」
「うん」
「千田の2つ上のお兄さんが、自殺したんだって」
「・・・え?」
今度は、嫌な感じの、ギトギトとした心臓の音が聞こえた。
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