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40話「フラれた」
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懐かしいように思った。
この一ヶ月あまりの日々を。
最寄り駅から家まで、凄い勢いで自転車をこいで帰った。
途中で少し車とぶつかりそうになったけれど、何とか避けて過ごした。
気がついたらマンションの駐輪場で座り込んでいて。ハッとして、急いで部屋までのエレベーターに乗る。
上に行く。それに合わせて気持ちの悪い感覚に襲われて、目眩いがしそうになった。
チン、と目的の階についた音。どろっとした体を何とかエレベーターから下ろして、何とか部屋のドアまでたどり着いた。
「あー・・・あー・・」
もうダメだ。体が重い。
ドン、と一度だけ。力強くドアを叩いた。
「はーいー・・よ?」
ガチャと開いたドア。
開けてくれたのは父さん。
赤いエプロン姿で、開いたドアの奥からはいい匂いが流れて来た。
「と、父さん・・」
「どうし、た?お?おおっ?」
グダっと父さんに寄りかかる。
「・・・何だ息子よ。随分疲れてんな」
ポンポンと背中を小さな手が叩いてくれる。
少し父さんに寄りかかりながら、家の中に入った。
ああ、落ち着く。
家に帰って来た。落ち着く。
「・・フラれたぁあああああ!!!」
今度は大声でそう言って、父さんに抱きついた。
「はあ!?」
「フラれた・・」
「っ・・どこのどいつだ大輝!!父さんが文句言いに行く!!」
「え?」
グッと肩を掴まれたので、驚きまくって父さんを見下ろす。
あ、やばい。
完全にやる気だ。
やる気の顔だ。
「いい!!いいです!!いいですから!!」
「言いなさい。どこのどいつだ」
「いや待って!理由があって、」
「ああ!?どんな理由だ!!」
「あ・・・」
「?」
言葉に詰まった。
また、ギュウ、と。
胸が閉めつめられて、苦しくなったから。
泣きながら俺にその事実を伝えて来た千田が、頭を過って行ったから。
「・・アセクシャル」
「え・・」
「アセクシャル、かも・・しれないって」
それから俺はゆっくりと俯いた。
いい匂いがキッチンから流れてくるのに、全然腹が減らない。今は多分胃がものをうけつけていないし、何より気分が沈んでいて、何もする気が起きない。
話すのもできることならやめたいくらいだ。
今すぐ、この廊下にぶっ倒れてそのまま床と同化したい。
消えてなくなりたい。
「・・で」
「?」
「それでやめるのか、全部。大輝は」
父さんの声は、怒っているように聞こえた。
「やめるしかねえじゃん・・アセクシャルなんだよ・・?」
「そうだな」
「っ・・」
どうしてだか、責められている様な。
怒られている様な感覚に陥った。
「諦めるなら次に行け、次に」
「・・・ん」
何だ。
何でそんな言い方なんだよ。
もっとなぐさめるとか、そういうの。
ないのかよ。
寄りかかっていた体重を自分に戻し、父さんと目も合わせずに。ズルズルと重たい体を引きずって、そのまま自室のドアを開けた。
「飯できてるから」
「んー」
バタンとドアを閉める。
部屋の中は何故か、寒い様な気がした。
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