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幸い、建物じたいはそこまで朽ちてはいないようで、壁の剥がれや窓がない部分はあるものの、床が抜けることもなく、二階までしっかりと歩けた。とはいえ、床には木材やかつて使用していたらしいあれそれが散乱している。先生が進めないところまで写真を撮りに行くのが今日の仕事。
数十分後、ロビーに戻ると先生が手招きして俺を呼んだ。
「おいで」
「来てます」
「もっと」
「…………」
目の前に立ったら腕を引き寄せられた。先生の視線をたどると、足元はモザイクタイル。
「ハートだ」
「うん」
汚れてまっ茶色。しかもところどころ割れたり取れたりしている。かつては白い床にピンクのタイルでハートが描かれていたんだろうか。そんなことを想像する。
「ジンクスがあってね、」
先生の息が髪にかかる。このハートのなかでキスしたら二人は永遠に結ばれるのだそうだ。名前を書いて南京錠をつけるだの、どこかの何かを背景に写真を撮るだの、よくある話。女が喜びそうなお話。
「はぁ。……それで」
「試してみようか」
「え、」
髪を撫でられたかと思えば先生の唇が近づいた。
そしてそのまま、触れずに離れた。
あのときと同じように。
「…………しねーのかよ」
「うん」
「……なんで」
「…………なんで?」
疑問を疑問で返される。本当に不思議そうな顔をするから間違ってるのは全部俺なんじゃないかと思ってしまうほど。純粋な瞳。
「……君だってしたいわけじゃないでしょう?」
わからない。したらおかしいとは理解している。どう考えても変なのは分かってる。それなのに今俺に触れるこの手を振り払うことも出来ない。好きとか愛とかじゃない。怒りと怯えのないまぜになった得体の知れない感情。
「……僕も聞きたいよ。どうして君、無抵抗なの」
「…………あんたが何してーのか、わかんねーんだもん」
「……………………」
先生は答えずに俺の首筋に触れた。まるでそこに答えがあるみたいだ。そのまま力を加えれば俺は息が出来なくなるだろう。けれど、その手つきはまるで名画に触れるように優しく、どこかたどたどしく、俺は抵抗しないどころか望んで首を差し出す。触れてほしい。そんな話をどこかで読んだ気がする。まるで口づけを待つ乙女の仕草。そのあと女は男に喉元を切り裂かれて死ぬんじゃなかったか。
ああ、そうか。
この感情は。
「…………からかってるだけだよ」
先生は何かを諦めた瞳で、嘘をついた。
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