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数日後。
書籍を全て把握したので、もう二度とひもとかないであろう本や汚れて読めないもの、先生の琴線に触れない本はことごとく捨てたり売ったりする。売った分のお金は小遣いにしていいと言われたが、十万円はゆうに超えるので固辞した。印税だけで充分暮らしていける先生からしたら、はした金だろうが、バイトしなきゃ生きていけない大学生からしたら大金だ。
長々とした押し問答の末、折れたのはこちら側だった。
「いろいろ連れ回したいしね」とのこと。その分のバイト代に充ててほしいらしい。目をそらして言う様子は別の何かがありそうだったが、結局先生がそれを口にすることはなかった。
…………で、結局。
「連れ回してもらってませんが、先生」
「雨だからねえ…………」
ノートパソコンを持ってきて、Excelで目録を作成していく。その俺の背中に、もたれて先生は原稿のチェックをしている。そんなんで集中出来るのかと思うが、ちょこちょこ書き込んでいるところを見ると、しっかり仕事は出来ているらしい。
雨は朝からやまない。先生のいう通り、最近はやたら天気が崩れやすくなっている。さっきまでいいお天気だったのがいきなり雨が降り、かといえばまたすぐに晴れて暑くなる。或いは夜から豪雨。曇り。と思ったら汗ばむくらいの快晴。
「……痛くなりません? 脚」
「なんで?」
「雨だと痛むってよく言うじゃないですか」
「全然。…………どっちかって言うと、暑い日かな。夏に事故ったから」
「へえ」
女優とドライブ中の事故。運転手は即死だったが、助手席にいた彼はかろうじて命をとりとめた。それ以外は知らない。べつに調べてもない。先生のもとにいるからといって、わざわざ彼のことを調べたり作品を片っ端から読んだりはしない。
「…………訊かないの」
「何をです」
「なんで事故ったか」
「…………聞いてほしいですか?」
「いいえ、まったく」
「でしょうね」
カタカタとキーボードを打つ音。時折、原稿をめくる音。しめきっている窓の外、BGMのような小雨。
ふいに背中の重みから解放されて、頭に感触。触っても気持ちよくないだろうに。ブリーチかけてカラー入れてパーマかけて傷んだ髪に、ワックスつけてんだから。
「…………やめようとは思ってるんだけどね」
独り言のように先生は呟いた。
「なにをですか」
「君に触れるのを」
心臓がどきりと跳ねた。
「……………………どうしてです」
「だって、おかしいでしょう」
わかってる。でも言葉にしてしまいたくなかった。存在を認めることになる。この感情の。この衝動の。もしお互いが物凄く人懐こい性格で、ボディタッチはガンガンするしペットボトルの回し飲み余裕ですとか、そういう人種なら当たり前のことをわざわざ意識しなかっただろう。でもそうじゃない。俺はセフレ作るぐらいにはゆるいけど、目上の人に対しての礼節はわきまえているつもりだ。先生は、そもそも人とあまり関わらない。だから人にやたら触れるなんて、普段だったらありえない。
少し先生を恨む。どうして今そんな話をするんだろう。黙っていれば、あのとき唇を重ねたこともうやむやに出来たのに。
「…………君が拒まないから……」
「えー。俺のせいかよー」
先生が茶化したからおれもふざけた。これでいい。冗談のまま終わりたい。終わらせたい。だって明確に言葉にしたら多分歯止めが効かない。
だから駄目だ。
理性では、そうわかっているのに。
手元を放り出して、どちらからともなく唇を重ねた。一度してしまえば今まで我慢してた分まで貪るように口付けしあう。ああ、ていうか我慢してたんだと今気付く。抱き合う。髪を撫でる。頬に触れる。鎖骨のかたさ。背中のあたたかさ。のどの奥で声が漏れる。まだ足りない。もっと欲しい。ずっとしたかった。ずっと望んでいた。もしかしたら、初めてお互いの顔をあわせたあの時から。
見ないふりをしていた気持ちに言葉が追いついてしまう。そんなに長くもない人生だったけどわかる。恋じゃない、こんなのは。愛に似て強く真っ赤な感情。
――――死んでもいい。
死にたい。この人に殺されたい。今すぐここで、世界を終わらせたい。その手で、殺されたい。
けれど先生のキスはどこまでも優しいので、なんだか泣きたくなった。
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