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「あんた、最近やつれてない?」
まりあに訊かれて。
「やつれてない」
と返した。
昼休みは菓子パン食ってあとは寝ようと思ってたけど、まりあやゆーじんや鈴木達が学食に誘ってくれたんで、ついてきた。
冒頭の質問を、はっきり否定できる人間は二種類しかいない。自分がバリバリ元気で行動力あふれまくってる奴か、やつれてることを認めたくない奴か。残念ながら俺が前者になることは今後もありえないので、まりあはジトーッとした目付きで俺を見ながらバナナシェイクをすすった。心当たりはありすぎる。勉強することは山積みだし、提出する課題も次から次へとあって、先生のとこのバイトは意外と体力を使う。じゃあ疲れて夜はぐっすりかっていうと、あんまそうでもなかったりする。
「……バイト大変なの?」
「んー……まあ、それなりに」
「何やってんの?」
「倉庫整理」
大学の誰にも、先生の名前は出していない。なんか面倒臭くなりそうだから。
「そー言えばさ、ここの卒業生に古城賢人っていんの、知ってる?」
先生の名前が出てきて、どきりとした。
知らない、と答えるのはまりあとゆーじん。まあね。だろうね。こいつらは村上春樹がどれだけノーベル賞をとろうが、本多孝好や池井戸潤らがドラマ原作でヒットを飛ばそうが、そんな名前は見たことも聞いたこともないって言うんだろうし、なんなら芥川龍之介や宮沢賢治なんていう義務教育で習ったはずの作家も覚えてないレベルだから。
「作家だろ。それがなに?」
仕方ないので、唯一文学部の俺が答える。鈴木が鞄からタブレットを取り出して、俺らに見せた。開かれたサイトの記事を読む。悪霊の家。怨念が今も。夜な夜な殺された女性の悲鳴が。あの事故も祟りでは。
「なにこれ」
「いや、ただの噂なんだけどさ、」
古城賢人。作家として成功した彼の素性は、さる名家の御曹司。先祖代々継いできたその家には、実は怨霊がすみついている。事件記録は新聞にも残っており、気の狂った当主が一夜にして女中や下男をすべて殺したのだという。そんな家で生まれ育ったからこそ、彼のデビュー作はただ幻想的というだけでなく、どことなく陰惨で不気味。怨霊は今も一族を恨んでおり、あの自動車事故も、古城と、もしかしたら恋愛関係にあったかもしれない女優の二人を殺そうとしたのでは……。
「ばっかばかしい」
無茶苦茶腹が立ったのでタブレットの待受画像をゆめかわいいハローキティに変えてやる。どう見ても冴えないおっさんみたいな鈴木はやめろとわめいた。
「いいなーお化け屋敷に住めるなんて」
まりあがうっとりと言う。
あの家のどこがお化け屋敷なんだとイラつく。確かに古いが、手入れはちゃんとしてある。してないのはあの本だらけの一部エリアだけだ。床はお寺みたいに埃ひとつなくツルツルだし、緑が多く風通しもいいから空気が澄んでいる。静かにあそこで本を読めるなら、もうなにも要らないってくらいの環境だ。
「でも死んでんのは確実なんだろ? 新聞に載るって」
「じゃあその新聞記事見せてみろって」
ゆーじんの言葉に俺は口を尖らせる。
「んー。それは流石にネット検索じゃ出てこなかったんだけどねー」
でもけっこう本人が言ってるしねー。鈴木がまた別のサイトを開いた。
文芸雑誌の、十年以上は昔の特集記事。作家の怪談、というテーマで、ホラー作家やら推理小説家が集められている。その中に先生もいた。まだ左目もちゃんと見えている頃の先生。写真の彼らは全員着物で、なんとなく既視感があった。そうだ、先生ってデビューしたては、ちょっと妖しい雰囲気で売り出してたんだ。だから着物とかホラー系と絡んでたっけ。忘れてた。
その記事の中で、岡本というホラー作家に話をふられて、先生は自分の家について話している。
岡:そういえば、古城先生のところは、お化け屋敷だって噂がありますけど。
古:…………否定はしません(笑)。
編:えっ。
古:でも、気配があったり、知らない間にものが移動してたりする程度ですよ。
岡:それをお化け屋敷っていうんだよ。
編:古城先生の御住まいは、かなり古くからあるお屋敷だとか。
古:お屋敷ってほど大きくもないですよ。田舎だから土地が余ってるだけで。
岡:怖くないの?
古:うーん。あまり怖くはないですね。困るときはありますけど。天井に包丁突き刺さってたり、ネタの資料とかノートがビリビリになってたり。
全員:怖いよ!
古:なんでだろうなあ。何人もあそこで死んでるからですかねえ。
岡:お祓いしようよ。
「でさあ。この人、また新しい本出すんだけど。取材でうちの学校にも来るらしいよ」
鈴木がそう言って、デスクトップ画像はそのまま、タブレットをしまった。
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