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…………風の音だ。
わかってはいるのに、なかなか寝付けない。日付が変わり、雨はぱらつく程度になった。風も弱まっている。建物が入り組んでいるから、普段聞かないような音が聞こえる………と考える。じゃないと怖いし。
男のうなり声のような。
女の泣き声のような。
いかんいかん、そんな風に想像したら余計寝れなくなる。楽しいことを考えよう。おばけなんてないさ。おばけなんて、嘘さ。寝ぼけた人が、見間違えたのさ。まっさきに思い出す歌。この続きは考えない。怖いから。コンコンコン、なんのおと。かぜのおと。そんな遊びもあった。あ、でもこれも、最後はおばけが来るんだっけ?
あー、もう。
やだなあ。
ゆっくりためいきを吐いたら、先生の布団がもぞもぞ動く音がした。見る。夜中トイレに行けるよう、部屋の端に間接照明を置いたから真っ暗ではない。起こしてしまっただろうか。だとしたら申し訳ない。
「……寝れないの?」
先生の、眠たそうなやわらかい声。うなずく。おいで、と布団を広げられたけど、そんなに子供扱いされなくてもいい。ていうか恥ずかしい。
「そこまで怖くないです」
「じゃあ、僕が怖くて寝れないから、おいで」
…………ずるいなぁ。
もそもそと先生の布団に潜り込む。あったかい。当たり前のように腕に抱かれるけど、女を抱きながら寝ることはあっても男に抱かれて寝るのは初めてなので、なんか妙にどきどきしてしまう。腕とかどうすればいいんだろう。まりあはどうしてたっけ。寝ようと頑張るけど、緊張してうまく身体の力が抜けない。息とか。肩とか。えーと、普段どうやって眠りに落ちてるんだろう。
相変わらず先生からは、甘い良い匂いがする。バニラ、砂糖、はちみつ。そんな女子のつける香水みたいなドギツさはなくて、かといってありがちな柔軟剤の匂いでもない。じゃあなにって言われるとわからないけど。なんかのムスクの香りに似てる。なんだっけ、これ。とにかく俺の好きな匂い。
遠くでガタガタっと音がした。思わず先生にしがみつくと、頭を撫でられた。
「…………何の音ですか」
「なんだろねぇ」
何年もここに住んでいる人に明確な答えをもらえないと不安になる。えー、わからないのかよ。そのわからないは、先生が興味ないから原因を突き止めてないだけなのか、それともこんな音は今まで聞いたことがないのか、で全然変わる。
「おばけかな」
いまだにそのネタ引っ張るか。
「そういえば、昔、夜中にね、……………………」
思い出話かと思っておとなしく聞いていたら、まさかの怖い話だったので、途中で先生の口を塞いだ。ふざけんなマジで。
指で触れたら、キスしたくなったのでする。先生は拒まない。この人がどう考えてるのかは、わからない。聞こうとは思わない。俺だってホモでもないのに、なんでこの人に触れたいのか説明できない。殺されたい。唇を重ねると、いまこの瞬間に死んでもいいと思う。
「ん…………」
つーか、本当に上手いな、この人。頭がぼーっとしてくる。怖いのとか吹っ飛ぶ。いったい今まで何人と恋をしてきたんだろう。どうでもいいけど。この人の過去の恋愛なんて。
でもわかることはある。先生はかつてこの家で、女性と暮らしていたんだろう。毛娼妓。あれは文字通り妖怪がいましたって話じゃない。女の人が家にいたんだ。
そして二人の間に何かがあった。女性はやがて先生を恨むようになって、家のなかをめちゃくちゃにしたり、大切な仕事道具にまで手を出した。先生は言っていた。恨みがましい目付きで、廊下に突っ立って先生を見ているのが怖かったと。なにがあったんだろう。なにがそこまで、狂わせたんだろう。先生は彼女に、なにをしたんだろう。
こんなにも、優しいキスをくれる人。
俺なら何をされても、許してしまえるのに。
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