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それから。
………いつしか、眠ってしまったみたいだ。気がついたら朝で、しっかりと先生の腕のなかにいた。先生のほうが先に目覚めていて、寝顔を見られたのが恥ずかしかった。
あまり長居するのもあれなので、身支度を整えたらおいとまする。その前に、昨夜の物音はなんだったのだろうと、離れのほうにいってみた。
積み重ねた本が崩れていた。これか。整理する。八崎恒雄全集。箱入りの分厚いシリーズだ。
……………………………八崎恒雄?
手が止まった。
えーと。心臓がバクバクする。夢じゃない、よな。今は。やざきつねお。ヤザキツネオ。はちざき、だとしても。なんで整理してるときに気付かなかったんだろう。見落としてた。疲れてたからか。興味ない地理や歴史の専門書に埋もれてたからか。俺の知らない名前。考える。考えろ。ポケットからスマホを取り出して検索する。該当件数0件。だろうと思った。やっぱりそうだ。
小さい頃から本が好きだったんだ。全集を出すほどの作家を、俺が知らないわけがない。
――――そんな名前の作家は、存在しない。
箱をあける。中にはワインレッドの本が入っている。けれど、背中にも表紙にも、何も書かれていない。
田辺さんの話を思い出す。
中を見てみたい誘惑をふりきり、また箱に戻して、俺は部屋を出た。
勝手に作り出される物語がある、なんてことを、信じてはいない。たぶん、あれはノートだ。一見、それとは解らないような、秘密の。可能性が高いのは、日記。誰の持ち物かはわからない。田辺さんが知っていたのなら先生だろうか。でも先生なら、俺が見つける前に隠すんじゃないだろうか。マニアックな試験問題を解いた奴なら、知らない作家の名前に反応して、こうやって見つけてしまう可能性がある。じゃあ、先代? 何故、田辺さんが知っている? あの与太話とこれは偶然の一致なのか。いや、そうじゃない。確信がある。田辺さんはこのノートがあるのを知ってて、俺に釘をさした。
既に執筆に取りかかっている先生に、お礼をして、外に出る。爽やかに快晴だった。そこかしこ濡れていて色鮮やかな庭を抜け、門を出る。
スクーターでゆっくり走り、赤信号で停まる。
そこでようやく、ひっかかっている疑問が言葉になった。
あのノートの存在を、先生は知っているんだろうか。
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