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【仮面の告白】1
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【仮面の告白】
先生がいない。
「ぷーすけぴーころぽんつかぽーん………」
や、べつに死んだとかじゃなくて。
仕事で長期出張らしく、その間はバイトも休みになった。だから約一ヶ月会えない。長くね? なんかお話したり勉強したり打合せしたりするらしい。あんまメディアには出ない先生だけど、やっぱそれなりに忙しいんだなあ。
ちなみに、田辺さんもそれに同行している。まあ先生一人では、荷物を持つのさえ大変だろう。こういうのに俺もついていきたいって思うのは、さすがにおこがましい。とわかっているから、なにも言わないでおく。でもさみしい。俺もわちゃわちゃしたい。仕事したい。いや、仕事したいってのも、世の中ナメてる発言か。ただの学生が。
小雨降る日曜日。暇なので、朝から部屋の模様替えをしていた。歌を口ずさみ、意味をなさない言葉を吐く。本も服も小物もいつの間にか増えていて、減らさなきゃなあと反省する。狭いワンルーム。あまりに暇なので、家族に綺麗な部屋の写メを撮って送る。母さんからソッコーでえらい! って返ってきた。
片付けも掃除も終わって、することがない。尾崎紅葉をひらく。金色夜叉。初めて知ったのは地元の図書館だ。旧字体で、もちろん活版印刷。ていうか、あれから文学や、本そのものにハマったんだった。口ずさんでも美しい文章、劇的な展開、一貫して切ない恋心が描かれる、そのすべてに心を動かされ、今でもとりこになっている。
さすがにお高い本は買えず、中学生に買えたのは新潮文庫だった。まあ泣くよね。つるつるの紙、読みやすい新仮名づかい、挿し絵もない。でもこのぐらいしか普通の本屋には置いてないし、文章ひとつひとつをじっくり理解しようとするには、ちょうどよかった。
「ぺんぺこぷーん、ぷんぷんぷん」
適当なメロディを口ずさみながら、本棚の前に座って小一時間。課題は終わったし、やりたいこともとくにない。だから金色夜叉を読もうかと思ったけど、どこから読んでも刺激が強いので本棚に戻した。小説はやめにして、詩歌にする。萩原朔太郎。いや、中原中也がいい。
どれがいいか、ぱらぱらめくって、また閉じた。うーん、そもそも、今俺が望んでるのは文章じゃないのか。
…………なにかが足りない。
テレビやネットでもない。夜ご飯はさっき食べたし、寝るには早い。風呂も入った。友達と会って話すのは明日の大学で充分。オナる気分でもない。スポーツはもともとしたくない。
大学の図書館で借りた本にする。読んで途中で飽きた小説が二冊。あと活版印刷の、昔の文芸評論。あーうん、これかな。ひらいて、優しくなぞる。文字の分だけ凹んでいる紙。インクの滲み、かすれ。ページによっては、柱が歪んでいる。やたら断定的で、勝ち気な口調。いいなあ。この時代に生まれたかった。
しばらく触りながら読んでいたら、他のにも触れたくなったので、似たような古い本を引っ張り出す。そんなに持ってるわけじゃないけど、古本屋で買ったやつがちょこちょこある。
そうやって、もそもそしていたら、スマホが鳴った。ラインの電話。猫の画像。古城賢人。
………えっ、先生!?
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