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「そーいや、先生」
「んー?」
「言いたいことってなんだったんですか? 電話のときの」
「…………えーと」
「あ、酔ってたから覚えてないのか。最後らへんに言いたいことあるから電話したって言ってたんすけど」
「あー。覚えてるよ。……あれねー」
先生が言おうとしたとき、ザアッと強く風がふいた。と、思ったらいきなりの大雨。
「うっわ、やっば」
慌てて立ち上がろうとしたのに、先生が手をゆるめてくれない。
「先生………ちょ、せんせ、窓。窓閉めないと」
「……それなんだよねぇ」
「? だから閉めてくるんで」
腕の力が抜けたので立ち上がって、まずは部屋の窓をしめる。窓って言ったけど、和室は障子だから雨戸もしめないといけない。部屋の窓をしめて先生が立ち上がるのに手を貸して、中庭をぐるりと囲む廊下の雨戸も全部しめる。ひさしが長いぶん、そんなに雨は入ってこないけど、濡れたら濡れたで厄介だ。
「手早いねぇ」
見ていた先生は、のんびりと言う。あんたが手伝わないように急いだんだよ、とは絶対言わない。
「母屋のほうは開いてます? どっか」
「いや、閉めてる」
手を引かれて、離れから出る。応接間に案内されて、座っていると、温かいお茶をいれて、先生が戻ってきた。言ってくれれば、俺がやるのに。
「………………なに話してたんだっけ」
ひとくち飲んで、先生が首をかしげたので俺は笑う。
「先生が。……」
「あ、そうそう。その『先生』呼びをやめてほしかったんだ」
……んーと。それは。
どういう。
「佐久間に散々呼ばれて閉口したんだ。もともとあいつが言い始めたんだけどね」
「え? 田辺さんじゃないの?」
「……田辺君とはもともと付き合いがあるから、普通に名前で呼ばれてたんだよ。昔は」
嫌だって何度も言ったんだけどね。
「……う、でも、……作家先生だから……」
「僕は君にとっての先生ではないから」
「でも、『こゝろ』みたいでちょっと楽しかったんですけど……」
夏目漱石の名作を挙げる。
「僕は君に恋は害悪なんて言うつもりはさらさらない。…………嫌なら強制はしないけど」
「嫌じゃないですけど」
恥ずかしい。
今更。
「……古城さん」
「どうせなら名前で呼んでほしいな」
さらりと言われる。
言えるかバカ野郎。
べつに二人っきりだったらいいけど、田辺さんの前でやったら俺が殺される。
じゃあ、とダメもとで俺は先生を見た。
「先生の昔の話、聞かせてください。…………話してくれるんなら、名前で呼ぶんで」
「……………何が聞きたいの?」
「……………………昔、女性の方と住まわれてたんですよね、ここに」
「…………誰かから聞いた?」
先生の顔がくもる。
「いや。でも、……前に話してくれたのって……」
「………………あぁ、」
君は本当に賢い、とためいきまじりに言われた。嬉しくない。
「……言いたくないならいいです」
「聞きたいなら言うよ」
「じゃあ聞きたいです」
「…………」
相当昔の話だけどね。そう前置きして、先生は話してくれた。
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