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――――あれの相手は面倒だから。
先生の言った意味が、すぐに理解できた。
まず、タクシーから降りてこない。申し訳ないんだけど、迎えに行ってあげて。先生にそう言われて、門の前に停まっているタクシーまで走る。運転手が困っていた。散々泣きじゃくったあとなのか顔がすごいことになっている。というか、佐久間めろん、典型的なガリヲタな風貌。二十歳は過ぎているだろうに思春期真っ盛りのようなニキビっ面、ぼさぼさの下がり眉、出っ歯、しゃくれ、潰れてるくせにボリューミーな髪型。そこに泥水ぶちまけて汚水で拭きましたみたいな様子だから、まあ酷い。でもタクシーの料金はクレジットカードで支払ってくれた。
よたよた歩くのを支えて玄関まで。あーこれ、酔っ払いの介抱みたい。
先生を見つけた途端に、どばっと涙を流して彼に抱きついた。なかなかお迎えが来なかった幼稚園児か。靴を脱がしてやって応接間へ。
そこからもずっと彼のターン。先生にしがみつきながら、泣いたりぼんやりしたり号泣したり怒ったり。「駄目だこんなんじゃ」「もう書けない」「生きてる価値もない」「全部駄目だ」「ふざけんなバカ共が」のオンパレード。それを先生はうんうんと頷いて、ひたすらあやす。
小一時間ほど経ったところで、ようやくおさまった。
先生から、佐久間の担当に一度連絡を入れることになったので、先生は席を外す。ぐびぐび泣いてる佐久間と二人きり、残された。心配はもちろんしてるけど、よくまあ成人男性がこんなに泣けるもんだなぁ、とも思う。
ソファに丸く縮こまってるそいつに、初めて話しかけた。
「……何があったんすか」
「サイン会、行ったら、わら…………笑われた」
「誰に」
「本屋、いた人」
「…………あんたのファンってこと? それとも書店員?」
「ちが、…………通りすがりの」
「なにそれ関係ねぇじゃん」
思わず大きな声を出す。呆れた。つーかタメ口はやばいか。でもなんか、年下にしか思えない。子供みたいなんだもん。よく言えば純粋。悪く言えば不器用。
「……なんか言われたの?」
「っ……べつに、なんも、言われた、わけじゃない、けど」
でも、ネットでも悪口いっぱいだった。
そう呟いてまた大粒の涙をボロボロこぼす。見んなよそんなの。アンチなんかいて当たり前だろうが。
王道のラノベやアニメなんて、一般人からしたらヲタ臭くて馬鹿にする対象だろ。だいたいそれだけじゃ、何に笑ったかもわかんないのに。隣にいた書店員の眼鏡が最先端過ぎたのかもしれないし、長蛇の列の目当てがこんな冴えない男ってシチュエーションにツボッたのかもしれない。
「……そんなんいちいち気にすんなよ」
言ってはみたもの、自分の言葉の薄っぺらさに冷める。気にする奴に気にすんなって。無意味だ。俺にはくだらねーと思えることで心底傷付く奴なんて世の中に山ほどいる。
「出る杭は打たれんだろ。……もっと他のとこ見なよ」
初めて、佐久間と目があった。
「…………先生と同じこと言うんだね、君」
「ああ、そう」
知らん。散らかしたティッシュを片付けてやる。手の甲のタトゥーを見られた。
「……それ本物?」
「いや、落とせるやつ」
いかにもなドクロのごついマーク。一年くらいで消えてしまうし、飽きたら専門店に行けば落としてもらえる。
「ピアス痛くない?」
「開けたの昔だからあんま覚えてない」
「髪染めたのは?」
「……この色にしたのは最近。染めてんのも昔から」
「カラコン」
「うん」
「綺麗だね」
そんなこと、今まで言われたことがないから驚く。ほとんどの人は、俺を見てやりすぎって引くか、イキってるって馬鹿にするから。
やっぱりイケメンは何しても許されるんだ……と嘆いて、佐久間はまた自分の世界に入っていった。イケメンじゃないけど正直、こいつよりはマシな風貌なんで、とくに否定もせずに黙っておく。
「……ごめんね」
「……なにが」
「先生、とっちゃって」
「べつに俺のじゃねえし」
「……先生だけが救いなんだ」
また身体をぎゅっと硬くさせて、さらに縮こまった。なにも言えない。わかる気がする。たった一人にすがること。
嫌なことがあったとき、辛くて苦しいとき、真っ先に思い浮かぶ人がいる。
その人に強く抱きしめられたら、どんな怖いことからも逃げられる気がしたんだ。
ただ希望と安心しかない、綺麗な世界。
自分がまた、正しくなって、やり直せるような力をくれる人。
疑いようのない、心の支え。
…………かつては俺にも、そういう人がいたから。
今はもういない。
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