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女子大に残された冊子には、『幸多からんことを』から始まる暗号文。
その時校舎建て直しがあり、一緒に設計図が残されていることからも、建物全体に何か関わりがあると推察できる。
……と、ここでその謎解きの一部始終を書きたいところだが、申し訳ない。
ここには、書くことが出来ない。
何故かというと、それはこの大学がこれからも続いていくからだ。
別段後ろ暗い話ではないが、せっかく長年秘密にされてきたこれを、さらけだすのはあまりに不粋だ。たとえるなら秘めたる恋を他人が勝手に暴くような、そんなことをわざわざする必要もない。
先生とともに、俺はその謎を解いていった。古城家の人間でなければわからないところも多々あり、なかなかに難しかった。
有賀先生は、この謎解きを改変して、新入生歓迎の際の催し物にするのだと言っていた。敷地内を使ったウォークラリーのようなものだし、それはそれで面白いものが出来上がるだろう。
大学教授たちと別れ、校門まで向かう。途中、授業があるからと抜けた親父が、こちらに走ってきた。すれちがう女子大生にやたら手を振る。お調子者だから、それなりに人気もあるんだろう。
「謎解けたってー? ありがとうございました」
親父が古城先生に頭をさげる。賢人さんは微笑んで受け答えするけど、彼がだいぶ疲れてるのを俺は知ってる。なにしろ大学構内を歩き回ったし、女子大生に声をかけたり、かけられたりしたので。
「うちの子、役に立ちました?」
「はい。かなり助かりました」
「へー。やるやんけ」
「いちいち頭撫でんな」
「今のうちにお勉強しとけよー。小説家になりたいんだろー?」
「なんねぇよ」
「えー、でもお前、昔はよう書いてたじゃん」
なんでこう、親って余計なこと言うんだろう。
「……そうなの?」
賢人さんもこちらを見る。
「……昔の話」
あーもう。先生には知られたくなかった。
「まーなんでもいいや。元気なら」
またな、と俺を抱きしめて、親父は忙しく走り去っていった。もう俺、子供じゃないんだけどなぁ。
「……お父さんと仲良いんだね」
「仲良いっていうか……あ、でも会うの正月以来だ」
「え?」
「あの人、けっこう転々としてるから。母と妹は富山だし」
そうだ。基本的にあの人は家にいなくて、たまに帰ってきては、すぐに出ていったり、かと思えばだらだら居着いたり、よくわからない人だった。さびしいと思ったことがないのは、家族旅行だって何度もしたし、連絡もひんぱんにあったからだろう。
俺が一番つらいときにも、そばにいた。大学のために上京して独り暮らしを始めた俺のところにちょくちょく来ては、飯を食わせてくれたり外に連れ出してくれた。髪を染めてピアスをあけても怒られなかった。むしろ一緒にタトゥーを彫ろうと誘う人だった。
――オレ、海賊になりたかったんだよねぇ。
親父はよく言っていた。だからタトゥーの柄も
海賊旗のようなドクロなんだろう。幼い頃、妹と俺は本気で親父が海賊なのだと信じていた。長期で家に帰ってこないのは、きっと大航海をしていて、怪物と戦ったり財宝を見つけているんだって、二人で空想した。
離れていても絆はあるなんて、クサいことをさらっと言える人。お揃いのタトゥーは恥ずかしいけど、俺がちゃんと愛されてる証でもある。
「君の書いた物語が読みたい」
「全部捨てたんで、無いです」
「……勿体ない。また書かないの?」
「書かないですね」
「どうして?」
「…………」
才能がないから。文章力がないから。つまらないものしか書けないから。どれも違う。そんな言葉をプロの作家に言っても仕方ない。
もう文章が出てこないので。
長考の末にそう返したら、そう、と短い言葉だけが返ってきた。
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