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「…………先生」
「…………」
「賢人さん」
「うん。なあに?」
「元婚約者って、赤い服好きだったりする?」
「…………知らない。なんで?」
「マニキュアとかしてた?」
本棚の整理をしていたら、例によって先生が遊びに来たので、休憩している。この前の、とてもいい香りの飲み物を出された。あとはお菓子。どっから貰ってくるんだろう。先生はあまり食べないらしい。
「知らない……」
「なんで知らねんだよ……」
「あまり会わなかったから」
「……おかしくね? 一緒に住んでたんじゃん」
「会わずに暮らすことも出来るんだよ」
「………………」
まあ、こんだけ家が広かったらな。
「……記憶に残るような派手な装いはしてなかったけど。なんでそんなこと聞くの?」
「んー。なんか最近変な夢ばっか見てさ」
あ、このお菓子美味しい。
「どんな?」
「賢人さんが女といちゃついてる夢」
「……………それは」
言い淀む。苦笑い。そりゃそうだ。キモいもん。
「女が生き霊でも飛ばしてんのかと。派手じゃねーなら違うわ。ただの夢か」
「……あれは幸せに暮らしてるはずだよ」
先生が遠い目をして言う。後悔とか、するんだろうか。物別れに終わったことを。
「……先生、好きなタイプとかないの」
「要らない」
「はは、ひでぇ」
「…………それより、夢の話が聞きたい」
「えー。べつにとくに話すことも」
「派手な女ね……髪は長い?」
「あー、うん。でもあんまはっきりとは。夢だし」
「美人?」
「たぶん」
「……で。君の夢の中で、僕はその女性を具体的にどうしてたのかな」
「具体的。えっ、……」
あ、まずった。言えない。思いきり顔をそらす。こんな話するんじゃなかった。やばい。顔が熱い。
首筋にひんやりとしたものがあたる。先生の指が肌をなぞる。怖い。ていうかなんか、変な空気。ぞわぞわする。
くすぐったいような、もっと触ってほしいような。
この指に首をしめられたい。
ガサガサと音がしたので、先生のほうを見る。近くの棚にしまった、資料を先生が取り出していた。昔の雑誌。
ふせんのついたページを片手で開いて、先生は俺に見せた。
「この人?」
「!」
それは。
大々的に取り上げられた映画特集。カラーの写真に、先生と女の人。笑っている。でもこの綺麗な女性は。
例の事故で亡くなった女優だ。
「……かも、しんない。似てる」
ゆるくウェーブをかけたロングヘアー。雑誌では茶色のワンピースを着ている。ピンクの口紅がよく似合う。明るくて、気さくそうな笑顔。
「赤い服ね……」
先生が呟いた。もしかしたら幼い頃に、この女優が赤い服を着て出ている映画かドラマでも見たんだろう。それが印象に残ってたんじゃないのか。無意識に、先生からこの女優を連想してたのかもしれない。
「…………生き霊って言ったね」
「死んでますね。あ、てか、ごめんなさい、どっちにしても失礼な、……っ」
首を。
しめられた。
でも一瞬だ。それから先生は俺の肩に頭を預けたから、どんな表情をしているのかはわからなかった。
「……ごめんなさい」
「なにが?」
「変なこと言って、」
「もう黙って?」
静かな口調。怖い。首に回された長い指に力が入る。息は出来るけど圧迫感。痛い。頭がじんとなる。
動けない。
なにが、この人を怒らせたんだろう。俺の不用意な発言か。でも違う気がする。たぶん俺は知らないんだ。一番触れちゃいけないものに触れている。先生が見られたくないところ。
人を傷付けてるのに、俺は喜んでる。もう一回、俺を殺そうとしてくれないかな。本当に死んでもいい。こんな状況に下半身が反応してる。死にたい。
「怒ったわけじゃない…………変なことして、ごめんね」
ふっと先生の身体から力が抜けて、いつも通り俺を抱きしめた。俺も手を伸ばす。
「……俺、なんか傷付けた?」
「いや、僕が勝手に考えすぎただけだ」
「…………それは俺には話してくんないの」
「ふふ……人に話すものじゃないな」
「あっそ」
短い黒髪を撫でる。あ、白髪。見るからに苦労してそうだもんな。
「俺、先生のことなんも知らねえんだな」
「……それはお互い様でしょう」
当たり前に、唇を重ねる。いつもの。それは仲直りで、今のはなかったことにしましょうの合図で、なんだか切ない。ちゃんとこの人の話を聞くべきなんじゃないのか。でも言いたくないことを荒らしたくない。俺だって一生誰にも言いたくないことはある。
手触りのいいシャツ越しに、先生の体温が伝わる。この人が女を抱いたことはあるんだろうか。いいな。抱かれた相手が羨ましい。甘い香り。これに包まれたらきっと幸せだ。
シャツのボタンに手をかけたら、止められた。
「……佐久間には見せたくせに」
「…………あれと田辺君は、……知ってるから」
「何を?」
困ったように微笑んで答えない。
「なんであの二人は特別なの」
「………………付き合いが長いから?」
「俺も特別にしてよ」
目をそらされた。あ、やばい。可愛い。
「どうしてそういうこと言うかな…………駄目だよ、ねぇ」
無視してボタンを外していく。抵抗はされるけど本気じゃない。
「君は僕をどうしたいの」
「知りたいだけ」
「……セックスしたいわけじゃないでしょう」
「は? 当たり前じゃんキモい」
先生に抱かれたいとか抱きたいとか、そんなのは本気で思わない。どちらかが女だったら間違いなくヤってた。でも違う。首をしめられたら身体は反応する。キスだっていくらでもできる。でもこれは性欲じゃない。俺だって女の子とちゃんと恋愛はしてきたから、わかる。
「そう。良かった。……この身体は使えないから」
「どういうこと?」
「……事故の時にね」
ああ。
出来ない、ってことか。
だからこの人、どっか人形みたいなんだ。
「……傷があるから見られたくない……」
小さく先生が呟いた。
「……佐久間には見せてんだろ」
鎖骨に口づけをする。触りたいように触る。他人の肌はあたたかくて湿っている。女とは全然違う、固くて骨ばった身体。
大きな手術痕が脇腹に走っている。左肩も肌の色が違っているところがある。たぶん一生残るんだろう、細かい傷のあと。よく見れば腕の近くも切開の痕がある。
痛々しくて、生っぽい。
佐久間はよくこれを上手に隠して写真撮ったな、と思う。
「……気持ち悪いでしょ」
先生が俺を引き剥がして自嘲した。
左手をとれば冷たい指先。震えてる。気遣うとかそんなんじゃなくて、したいからその手にキスをした。
「そんなこと微塵も思わない」
「…………」
「嘘じゃねーよ、あんたが生きてることに感謝したいくらい」
「……………神様とか信じる?」
「今なら信じてもいいよ、あんま詳しくないけど」
シャツのボタンをしめてやる。叱られた子供みたいに怯えてる大人を抱きしめた。
優しくキスをする。
変な子だなぁ、と笑ってくれた。それこそお互い様だと、また唇を重ねた。
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