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…………終わったなぁ。
綺麗に整えられた図書室を眺める。在庫データもプリントしたものとUSBと用意してある。あとはこれを先生に渡すだけだ。
さみしくなる。
最初は埃っぽかった女中部屋。
静かに四季のうつろう中庭。
木肌のなめらかな橋。
静かなこの図書室も。
日当たりのいい応接間も。
この家自体が好きだった。そこで先生と過ごす時間は、大好きだった。
……いつまでも、ぼーっとしてても仕方ないか。
先生を探しに、図書室から出る。応接間かリビングだろうと思ったら、すぐそこの部屋から灯りが洩れていた。行き過ぎた歩みを引き返す。窓のない部屋。ベッドと、簡素なテーブルと椅子。あとはパコソンとプリンター。
そこに先生がいて、赤い毛糸で人形の首をしめていた。
……………思わず崩れ落ちる。
「何してんですか、あんた」
「山田くん、藁人形の首のしめかたって知ってる?」
「知りませんよ。藁人形って釘刺すやつでしょ、首しめないでしょ」
「んー、そうなんだけどねぇ……」
パソコンとにらめっこしながら、細くて骨ばった指に、真っ赤な毛糸を絡ませている。可愛い、素朴な人形。にっこり笑って、首にめちゃくちゃ毛糸を巻つけられている。
「やり方が。あれ、……」
ほどいて、また巻きつけて。絞めて。緩めて。たどたどしい先生の手つき。
やばい。これ見ないほうがいい。
ちんこ勃つ。
可愛い。
先生が。
おかしいだろ、こんなん。
いいなあ、人形。
俺の首、絞めてくれればいいのに。
そんな初々しい指使いで。
あー、やばい。
想像したら。
「あ……暗い趣味とかじゃないからね。小説で使おうと思って」
「あーはい大丈夫です、わかってます」
「ふ、……いつまでしゃがんでるの」
「賢人さんって不器用?」
勃ってるから立てねーんだよ、とは口が裂けても言えない。
「そうだね。こまごましたのは苦手だ。……君、これ出来る?」
パソコンに書かれたのは、本当に藁人形の首の絞め方、とあった。毛糸が絡んだままの人形を渡される。丁寧にほどいて、ざっくり手順を眺めた。
「……賢人さん、なんでこんなん知ってるの」
「昔、少しだけ流行ったんだよ。思い出して」
「えー、人呪うのが流行ったのかよ。嫌な時代」
「これは他人を呪うものじゃないよ」
「……じゃあ、どうすんの」
手順が複雑すぎて、かなり面倒臭い。やたら結び目作るんだな。
「自分の想いを断ち切るためにね」
決して口には出来ない想いを洩らさないように。
かなわぬのなら、その心を殺したいと。
一部の乙女の間で流行ったらしい。
願掛けみたいなものだと、先生は言った。
「まずこの人形、首ないから無理なんだけど」
「そうなの?」
「うん、ある程度、長さがないと」
じゃあ俺の首で、なんてことは言えず、先生の右腕を借りて、赤い毛糸を絡ませていく。手首も首のうち。
脈と骨。
「……そういや、図書室の整理、終わったんで」
「……………そうか。ありがとう」
「データ、図書室に置いてあるんで」
「わかった」
「他にやることあります?」
「大丈夫だよ。大変だったでしょう」
「いや、楽しかったっす」
「……………」
「……………」
着実に、糸を絡ませながら、言葉を交わしていく。
「志賀直哉、好きだったの? けっこうあったけど」
「祖父だろうね」
「筒井康隆は?」
「それは僕」
「池谷裕二は?」
「何書いた人?」
「脳科学の」
「さぁ……親かな」
「八崎恒雄は?」
「知らない。何書いた人?」
「……忘れた」
先生が嘘をついている様子もない。じゃああれは、一体誰のだったんだろう。
君が忘れるなんて珍しい、と先生は笑った。
そして、また会話は止まる。
糸と糸の間をくぐらせる。軽く引っ張る。綺麗に揃える。また巻きつける。
「…………」
「…………」
「…………なんか喋って」
「……何がいい?」
「なんか。…………俺に言いたいこととか、ないの」
「どうして?」
「……………最後だし」
「……お疲れ様でした。ありがとう」
「……………それだけ?」
「源泉とかの書類は後日、」
「そーゆーんじゃなくて」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「君は言いたいことがあるんでしょう」
「あるよ」
「言わないの?」
「賢人さんが言わないから言えない」
「…………」
「…………俺、今日で最後なんだけど」
「うん」
「これからも会いたいとか、ねぇの? そういうの」
「……君を縛る権利がない」
「いちいち権利とかなくね?」
「そうだね。…………愛でもあれば違ったかな」
「いらねー。キモい」
「ふふ……君が会いたいなら時間は作るよ」
「あんたが会いたいなら俺だって来るよ」
「……………」
「……………なんでそこで黙んの」
「…………言えない。ごめんね」
「俺に会いたくない? もう嫌?」
「違うよ……でも駄目なんだ。あまり追いつめないで」
「……………」
「……………」
「……出来た」
「……ありがとう」
複雑に絡んだ糸は簡単にはほどけない。真っ赤な帯みたいだ。二本の切れはしが垂れ下がって、まるで手首から血を流してるみたい。
「君の本を読む姿が好きだったな。きらきらしてて……子供の頃を思い出したよ」
「……………」
「君の来ない生活が想像出来ない。……でも僕はそれを当たり前に過ごせるんだろうな」
「…………」
「君と会えてよかった。ありがとう。…………玄関まで送るよ」
俺の髪を撫でて、先生は立ちあがる。その腰をつかんでベッドに引きずり倒した。のしかかる。右半身だけ押さえつければ先生にろくな抵抗が出来ないのはわかっていた。最低だな、俺。
乱暴に唇をふさいでシャツのボタンに手をかける。俺が何をするのかようやくわかった先生は、暴れるけどもう遅い。
「……ふざけんな」
初めてキスしたときも、そう言ったっけ。
懐かしいな。
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