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『番外編:星の王子様』1
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>>佐久間めろん
『番外編:星の王子様』
怖い。
人がいっぱいだ。
文学賞のパーティー。頭良さそうな、仕事バリバリ出来そうな大人がいっぱい。お酒飲んでるし。笑ってるし。怖い。
おれ、絶対場違いだ。やだ。マック行きたい。快活CLUBに閉じこもってアイス食べたい。スーツなんか着たことないのに。案の定、似合ってないし。パーカーでいい。革靴も嫌だよ。
「佐久間くんだっけ? 面白いの書くねえ、君!」
「はぁ、あは………ありがとうございま」
誰、この人。怖い。
「俺は読んでないけどな。新しすぎて」
「まあ、あれなんじゃない? 若い子って、難しくないのがいいんでしょ。書き手も読み手も」
「あは、あー………」
あ、完全にこれ、攻撃だ。うっせーじじいとばばあ。ばかにすんな。ばかにすんな。ばかにすんな。でも怖いからかまわないでほしい。
「売れればいいってもんじゃないのよねぇ、文学って」
「そうだなぁ。まあ、彼のは漫画みたいなもんだろ? 文学じゃなくてさ」
漫画ばかにすんな。おまえら、尾田栄一郎を超えられやしないくせに。メダパニやハルヒみたいにジャンルの歴史を変えられやしないくせに。
もう嫌だ。言い返すとか、リアルで出来るわけない。泣きたい。ていうか泣きそう。やだ、泣きたくない。こんなとこで。
「でもねぇ、なんだかんだ言って、読んじゃうのが彼の作品なんですよねえ!」
後ろから肩を抱かれた。快活な男の声。知らない。顔、見ていいかな。でも、上を向いたら涙がこぼれそうだ。
「あらやだ! 古城先生もお読みになるの?」
ばばあが色気づいてやがる。きっしょ。
「ええ、売れるってお金の話だけじゃなく、しっかり愛読者がいるってことですからね。着実に愛されるものには、やはりそれだけの理由がありますよ」
……あれ、この人は、トゲがない。あんま怖くない。涙がひっこむ。顔、あ、かっこいい。芸能人?
「……ところで、彼をお借りしても?」
「どうぞどうぞ」
「ありがとう。またあとでお話ししましょう!………さあ、行こうか」
肩をつかまれたまま、誘導される。ベランダに出る。風が涼しい。窮屈な服で暑苦しかった。フロアの、すみずみまで暴くような眩しさが怖かった。夜だから、ここは暗い。夜景が綺麗で、ほっとする。男の人は、そこで煙草に火をつけた。大人だ。
「ごめんね、無理矢理」
「ゃ、ぁー、……ありが、っござまして」
うまく喋れない。だって、ただ好きにラノベを書いてたんだ。デビューしたらこんなに人と関わることになるなんて、思わなかった。人と話せないし、すぐ嫌われるから、高校を辞めてラノベに逃げ込んだのに。インターネットで素人同士、わちゃわちゃしてるのがすごく楽しかった。戻りたい。
「そんな怖がらないで」
くすくすと笑う。この人はあんま、怖くない。
「佐久間くんだっけ? 仲良くしてよ」
右手を差し出される。握手。おっかなびっくり手を伸ばしたら、優しく握られた。
「古城賢人です」
「……知ってます!」
この人の小説。読んだことある。ていうか、ほぼ読んだ。好き。冷たいくせに柔らかい物語。繊細で、どの小説にも、ああこの文章はおれのためにあるって思わせてくれるような、心を救ってくれるのがあって、泣いたことだってある。
「ありがとう。ふふ……ごめんね、さっきはあんなこと言ったけど」
君の小説は読んだことがないんだ、と古城さんは笑った。しょげる。やっぱ、ちゃんとした小説家は、あんなの認めないんだ。人間のクズが書き散らした妄想なんて。
「ごめんね。シリーズものは完結してから読みたいからさ」
「いえ……」
いいのに、そんな嘘。
「桜シリーズと青葉シリーズってこう、絡み合ってるでしょ。迷うんだよねー。どっちから始めるか。ハマったらほら、スピンオフも読みたくなるし。作者からしたら、どう読むのがおすすめなの?」
嘘、じゃないのかな? 目がきらきらしてる。
「えと、桜のが、……その」
「良かった。いきなり風切から読めって言われたら、君にさっさと書けと脅さなきゃいけなくなる」
この人。ちゃんと知ってくれてる。デビュー作からしばらく書いたのが、主人公が女の子の桜シリーズ。人気が出たから、その主人公の相方の男の子、青葉シリーズも始めた。そして今、敵に値する風切の三作目を出したばかりだ。
「……佐久間くん?」
涙が。今になって流れてくる。恥ずかしい。嫌だ。泣きたくない。ずっと緊張してたんだ。優しい言葉を投げ掛けられたら、安心してしまう。
「ごめんね。……何か酷いこと、言ったかな」
落ち着く声。どんな声優でも勝てない。勢いよく首を横にふる。
「ちが、っ……ちゃんと、話して、くれたのが」
皆、おれの作品なんて知らなかった。いくら儲かったの、とか。ラノベ自体をバカにしてたり、とか。
「そう。……まあ、あの人達はねぇ」
ハンカチを出される。かっこいい。涙をぬぐっていたら、また肩を引き寄せられて、頭を撫でられた。
「要は嫉妬だからね。あんなのは無視しなさい。出る杭は打たれるって、知ってるでしょう?」
うなずく。
「うん。君の相手は、君の作品をちゃんと読んで、応援してくれる人達だよ。何百人いると思ってるの? くだらないものに構ってる時間はないでしょう?」
引きこもりニートだったおれ。デビューして、久しぶりにみた両親の笑顔。ネット友達が喜んで送ってくれた、怒濤のおめでとうメール。段ボールいっぱいに届いたファンからの手紙。
「…………はい」
頑張って泣き止む。いい子だね、とまた頭を撫でられた。かっこいい。この人は自信喪失になったり、卑屈になったりしないんだろうな。
「あ、こんなとこにいた…………古城先生!」
男の人がきて、古城先生に怒鳴った。慌ててこちらに来る。怖い。怯えたら古城先生が肩を強く抱いてくれた。
「あー見つかっちゃった」
「何やってんすか!」
「ナンパしてた」
「……っまた、そういう」
がたいのいい、眼鏡をかけた男の人。古城先生とは仲がいいみたいだ。
「大丈夫? 変なことされてない?」
優しい口調で、おれに訊いてきた。また、首を横にふる。
「佐久間めろん先生ですよね? 古城の担当してます、田辺です。先生の作品、すべて拝読してます。バルゴと天月が好きなんですよねー」
この人も、いい人かな。
「田辺くん、今僕の名刺持ってる?」
「ありますよー」
田辺さんは名刺を取り出す。古城先生はおれから離れ、田辺さんのポケットに刺さってたボールペンを抜く。そんで、田辺さんの二の腕を壁にして、なんか、長々と書く。
そんな仕草さえ、きらきらかっこよく見えた。
「はい、これ」
おれに、その名刺を差し出す。
そろそろお開きなんで、と田辺さんにうながされ、会場に戻る。先生たちとはそこでバイバイした。どこに行ってたんだか、おれの担当が戻ってきた。…………本当はこの人とも、うまくいってない。アケゾノさんも、おれのこと嫌いなの、知ってる。だからおれから離れてたんだ。
帰りのタクシーで、ひとり名刺を眺める。小説家。古城賢人。仕事上の連絡先。そこに書き足された、ボールペンの文字。携帯番号。
裏面の言葉を、何度も読み返す。つらくなったらいつでも電話して。
その一文だけだったら、きっとおれは遠慮して、連絡をとらないでいただろう。
でも3日以内に君から連絡ない場合は僕が泣くからね。
優しい。ていうか、頭いいな。こんなこと書かれたら、電話せざるをえない。
その日から、古城先生は、おれの心のよりどころになった。小説がバカ売れして、敵の数が増えて、反撃しなくちゃいけなくて、でも下手だからまたそこでアンチ増やして、コミカライズも出て、アニメになって、映画やCDにもなった。シリーズだけじゃなくて、他のも書かなきゃいけなくなって、新しい雑誌の連載も重なって、でもそんなポンポン出てくるわけじゃないから、真っ白なパソコンの画面を見て何度も死にたくなった。
普段はちょこちょこメールでやり取りして。限界が来たときだけは、声が聞きたくなった。本気で自殺しようと、歩道橋の真上で深夜に電話した。先生は嫌なそぶりひとつ見せずに、おれが落ち着くまで付き合ってくれた。そのとき見た朝日の綺麗さは、今でも覚えている。
住んでいるところの距離が遠すぎて、気軽に会えないけど、お互い忙しいけど、先生は、いや先生だけが、おれがちゃんと、本音を話せる人だった。
だから、あの事故が起きたとき、頭のなかが真っ白になった。
全部の原稿をおとした。書けない。書けるわけがない。
アケゾノさんとはそれで関係を解消になった。べつにいい。干されてもいい。もう充分楽しかった。
新幹線に乗って、先生のいる病院へむかった。田辺さんがいた。危篤だと言われているのに、先生の親族が誰ひとりいないことに、彼も孤独だったのだと知った。
奇跡で、先生は一命をとりとめ、女優は死んだ。くだらない下世話な憶測で、世間は賑わった。入院中も退院してからも、先生のそばにはおれか田辺さんしかいなかった。
先生はなにも言わなかった。女優とは色恋沙汰などなく、あの日が初めて二人で出掛けただけ。ただ、それだけしか言わなかった。じゃあなんで二人で出掛けたのか、なにをするために遠くまで行ったのか、なにがあったのか、一切言わなかった。
よく笑って、いつも目には自信の光が宿っていて、行動力に溢れていた人。
出会ったころの先生はもういなくて、どこかずっと、氷のナイフが突き刺さっているような、世界の汚いものすべてを飲み込んだような、一番大切なものを諦めたような人に、変わってしまった。
それでもおれに対する優しさは変わらなくて、ほんとはおれが先生の力になりたいのに、先生を助けたいのに、全然届かなくて、結局おればかり勇気をもらったり、癒されたりした。
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