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『番外編:オズの魔法使い』
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>>田辺
『番外編:オズの魔法使い』
古城賢人について知っていること。
古城家の一人息子。お坊っちゃま。病弱。勉強は出来る。運動は苦手。あまり友達を作らない。女の子が大の苦手。
近所で育った。ちゃんと仲良くなったのは、たぶん高校時代から、大学一年までだ。その頃は賢人の家族関係がかなり歪なことまで知っていた。あげくの果てには婚約者だと。気持ち悪い。俺なら、逃げ出すかな。
なんで逃げないのか、聞いたことがある。一人暮しすればいいのに。でも賢人は、あの家自体は好きなのだと呟いた。それに、祖父母の想い出はあそこにしかないから。
高校時代。婚約者に、会ったことがある。賢人に本を借りに行ったときのことだ。裏口から入って、和室に大量に積まれた本を見た。可哀想な本たち。読まれるためにあるのに。
探していたら、こじんまりとした女の子が表れた。肩までの黒髪、白い肌、おとなしそうな子だった。
それが、賢人を見つけた途端に、豹変した。
いきなりの罵声。駆け寄って賢人を問い詰める。賢人は何一つ言葉を発っさないで、かたく目を閉じている。頭が痛い、とでもいうように額に手をあてて。
どうも、賢人が浮気してるとでも思ってるらしい。ありえない。正直こいつはモテるけど、マジで挨拶だけはかろうじて返しますってレベルでしか女子と関わらないんだ。近寄るなオーラを出してるから、男ですら敬遠してるのに。
この剣幕じゃ、何を言っても疑われるんだろう。しんどいな。これが毎日か。
目当ての本があったので、早々に退散した。今、あの女は通いで来てるから、夕方までには帰るのだと、賢人は話してくれた。だからいつも、学校に残ってぐずぐずしていたのだと、そこで初めて知った。
大学生になれば、その女は住み着くことになったらしく、賢人は見るからにやつれていった。あまり俺に近付かなくなり、あまり良くない先輩たちとつるむことが増えた。久しぶりに構内で見かけたと思ったら、煙草を吸っていた。風の噂で、その先輩たちの家によく泊まっているのだと聞いた。
窮屈そうにうつむいてばかりの高校時代よりは、どこか捨て鉢だとしても、今の賢人のほうが自由に生きているような気がして、俺は何も言えなかった。
そこから、また関わらなくなった。
念願の文芸の編集室に配属されて。
賢人と再び顔を合わせたのは、打ち合わせのブースだった。
こいつが作家としてデビューするなんて思わなかった。
暗い顔ひとつせずに、朗らかに笑う彼を見て、ああようやく幸せになれたのかと喜んだ。ところが話を聞いてみたら、かなり悲惨な経験をしたのだとわかった。仕事中にもかかわらず泣けてしまった。俺が一番、こいつの苦しみをわかっていたのに。
もう二度と、友達を見捨てない。
そう決めて、俺は賢人の担当になった。仕事上、名前で呼ぶわけにもいかず、古城先生と呼べば、心底嫌そうな顔をされた。
女嫌いは度を増して、会議室で女性と話すことすら出来なかった。そばに俺がいても同じことで、青ざめた顔をして、最悪はトイレに逃げ込んで吐いていた。逃げられない、と思えるともう駄目らしい。だから、女性のいる打ち合わせは、なるべく扉のある部屋ではなく、なるべく編集室のすみっこか、開放的なブースやカフェを選んだ。
その噂が広まり、たまに勘違いした男に声をかけられていることもしばしばだった。男色家に迫られては、相手に期待させる言葉や仕草で応じる賢人に、俺が本気で怒ると、本人にはまったくそのつもりがなかったらしく、逆になにがどう悪かったのかと、きょとんとした顔で訊かれた。あるいは、怖かったから相手に合わせるしかなかったと自嘲された。父親がひたすらに怖い存在だったと昔聞いたことのある俺には、何も言えなかった。
そんな賢人だったが、本が売れて、幾人もの男女と関わるうちに、少しずつ慣れていったようだった。自分から女性に話しかけることも出来たし、男あしらいも上手になった。むしろそれらを利用して、社内に奴のファンは増えていった。
だから、あの事故が起きたときも、会社は彼を見捨てなかった。
だいたい、悪いのは居眠り運転をしていたトラックの運転手だ。そこの会社がかなり悪質な労働環境だったと報道されたが、許すことはできなかった。まるで賢人が女優を殺したようなメディアの煽りにもうんざりした。
女嫌いのくせに、逃げられない車の中で女と二人で遠出なんて、おかしい。彼を知る誰もが、そう思っていた。しかし、ついに彼は真相を語ることはなかった。言わないのにはそれなりの事情があるのだろうと、問い詰めたい気持ちをおさえて、何も聞かずにいた。
そして現在。
彼はバイトを雇うことにしたらしい。適当に探すという彼の言葉に、お前のところで働くのは自慢になるし、住所ばらまかれたり原稿盗まれたりしたらどうすんだ、うちの会社で使ってる派遣から用意する、と反論したが、家に置くなら絶対に子供がいいと言って譲らなかった。大人がいるのは嫌だ、とのこと。そういえば、一番仲のいい作家も子供みたいな奴だった。散々話した末に、母校だけにバイト募集の掲示をすることにしてみた。
賢人は在学時はまあアレだったが、いまや大人気の作家先生だし、俺は当時優等生だったので、大学は快諾してくれた。
そして、貼り紙をしてわずか三日後。
大学から、応募の連絡があった。どんな子か聞いてみると、とにかく本が大好きだから、と言われた。アホなことはしない子ですよ。授業も無遅刻無欠席で、かなり優秀だし。ちょっと見た目からは想像できないですけど。
賢人と二人で考えた、筆記試験をとりあえず送ってみる。基本的な本や作家の知識は俺からの出題だが、インターネットでググっても答えは出てこないような問題は、賢人からだった。要は、考え方や趣味が合わなかったら落とすってことだ。適当に探すといいながら、そういうところはしっかりしている。
すぐに返ってきた答案に、彼は満足したらしい。綺麗な縦長の文字。解答欄がびっしり埋め尽くされていて、そういや大学ってこんな感じだったなあ、とおかしくなる。なかなかユニークな考えや、乱暴な言葉遣いもあって、これは何かの本の書き写しではなく、ちゃんと自分の考えを自分の言葉で書いたのだとわかった。
「この子で決まりでいい?」
「ふふ、うん。この子がいいな」
久しぶりに楽しそうに笑う賢人に、この出会いが素敵なものになればいいと、そう願った。
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