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打ち合わせと嘘をついて、田辺さんは先生の時間を確保していた。だから先生は確実に家にはいるし、予定もいれていない。
懐かしい日本家屋。門を潜り抜けると、庭がすっかり秋になっていた。紅葉があることを、俺は知らないでいた。
田辺さんはいつも、直前に到着の連絡を入れて、門を潜り、鍵のかかっていない玄関を開ける。呼び鈴は鳴らさない。脚の悪い先生が、わざわざ出迎えないように。
「先生ー、お邪魔しますよー」
田辺さんが声をあげる。先生は応接間にいたのか、すぐにこちらへ来る気配がした。怖い。逃げたい。うつむいた俺の背中を、優しく田辺さんがさすってくれた。
顔をあげた。
今、先生は、目の前にいる。
「原稿でーす」
田辺さんが、手に持っていた分厚い茶封筒をひらひらとかざした。
先生は…………笑った。
「ふ、……あはは、おかしいと思ったんだ。今更それ、チェック要らないやつでしょ?」
「一応最終チェックってことで。本命はこっちだけど」
田辺さんが俺のほうを見る。先生は一瞥しただけだった。
「………………………わかったよ」
原稿は受け渡される。
「本当に大丈夫かぁ?」
「信用ないな」
「信用なかったら連れてこねぇよ」
先生はもういい、と眉間にしわをよせて、手を振り、田辺さんに帰れと合図した。
「…………大丈夫?」
優しく、田辺さんに訊かれる。緊張しすぎて声が出ないから、頷いた。
じゃあ、と敬礼して田辺さんはさっさと立ち去る。
あとには俺と先生だけが残された。
身体が動かない。わかってる。わかってる。先生に謝らなきゃ。まずは謝らなきゃ。わかってる。でも声は出ないし顔さえ見れない。血の気がひいていくのがわかる。ぐらぐらする。そんな自分のことなんかいい。謝らなきゃ。早く。
先生が、静かに動いた。何も言わない。
応接間へ、ゆっくり歩いていく。
……………………そうか。
……先生はもう、俺と話もしたくないんだ。
目の前が真っ暗になった。
「……おいで」
先生の声がした。
「向こうで話そう」
応接間を指差す。笑ってない。でもたぶん、怒ってもない。
靴を脱いであがる。先生はテーブルに茶封筒を置き、ソファに座る。横をぽんぽんと叩いて、俺に座るよううながした。
真横に座るなんてできなくて、俺はその前にひざまづいた。もう無意識レベルの行動だった。一度ごめんなさいと口に出すと、壊れた蓄音機みたいに、何度も口走った。
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