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「ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい、ごめんなさい、」
許して。なんて言えない。顔はあげられない。さっきから手の震えがとまらない。許されなくていい。もうこれで終わりでもいい。だってそのつもりで先生を傷付けた。嫌われていい。全部なかったことにされてもいい。キスをしたこと。この家で過ごした時間。二人で出かけたこと。笑いあったこと。簡単に他人には言えない話をしたこと。一緒に寝たこと。幸せだったこと。楽しかったこと。全部なくしてもいい。本当は嫌だけど仕方ない。それだけのことをしたってわかってる。ただひとつ諦められない。
先生の書く小説が好きだ。
先生が、もう俺なんか要らないとしても。
先生の関係ないところで、ただの愛読者でいさせてほしい。
俺は、
「もういいよ」
そう言われたら。
何も言えなくなった。
先生の指が、俺の手に触れる。俺より冷たい指先。震えている。
……なんで?
顔をあげたら、先生が情けない表情をしていた。今にも泣きそうな。
……なんで?
目があうと、先生は少しだけ笑った。
「ふふ……ねえ、わかる? 僕も同じくらい緊張してるってこと」
その手を握る。包み込む。
「謝るのは僕のほうだ。君を傷付けた。…………甘えすぎてたね。ごめん」
先生がそっぽを向く。でもわかる。震える肩。ひきつったように吸い込んでは止まる呼吸。
俺の震えはとまる。動かなかった身体がスムーズに動かせる。隣に座って先生の肩を引き寄せた。こちらをむかせる。キスをする。涙。先生の。
抱きしめた。
「どうして……諦めてくれないんだ」
嗚咽混じりに、先生は呟いた。頭を撫でる。
「君が諦めてくれないから、……期待してしまう」
今まで、何度も繰り返されたやり取り。
――――君が拒まないから。
――――君が許すから。
――――君が嫌がらないから。
期待してしまう。
先生はからかってるんじゃなかったんだ。今更気付く。俺のせいにするのかと、笑ったのは、いつの日だったか。先生はきっと、はかってた。俺の心を。
どこまで踏み込んでいいのか。どこまで寄りかかっていいのか。先生は少しずつ、誰にも覗かせなかった心をを俺に見せた。俺は全部受け入れた。だから逆に先生は、追い詰められた。
…………バカだな、俺ら。
そう思う。プロの作家と、それなりに日本語勉強してる学生。ふつうの人よりは、言葉を操るのに長けてるんじゃないのか。ちゃんと言葉にしよう。そう言ったのに。
先生、と言いかけて、やめた。
「……賢人さん」
「………なに?」
「俺らさ、恋愛じゃないとか、愛があればよかったのに、って、言ったけどさ。……今でもそう思う?」
「………………わからない」
肯定されなかった。
それだけで充分だ。
「俺は愛してる」
先生は驚いて俺を見た。それから視線をそらす。
だから、唇を重ねた。
それから、しばらくして。
僕も愛してると、先生は恥ずかしそうに、小さく呟いた。
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