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【終章】1
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大晦日。
部屋の掃除はとうに終えて、だらだらと高村光太郎を眺めていたら、珍しく先生からラインがきた。
『雪、大丈夫?』
雪? 外を見る。どんよりと空は雲に覆われているが、ちらつくものはない。
「……あ、やっべ」
思わず独り言を発してしまう。慌てて返信しようとして、少し考えてから、電話にした。
数秒待って、通話になった。
「暇?」
と訊いたら、「暇」と返ってきた。知ってる。もともと年末年始は仕事も予定も入れてないってこと。親戚付き合いもないし、人混みには出掛けない。
「雪。降ってないよ」
「そうなの? ニュースでやってたから」
「うん。俺、今実家じゃないもん」
「…………………え?」
笑う。そうだ、言うの忘れてた。ここのところ、バイトだなんだで忙しかったから。もともと年末年始は帰省するはずだったのが、妹がノロウィルスにかかってしまい、母から帰ってくんなと、連絡があったのだ。
だから今、こうしてワンルームのアパートに引きこもっている。
「そう。……妹さん、お大事に」
「あいつゴリラだから大丈夫だよ。賢人さんは何してたの」
「ふふ、ひどいな…………することなくてね。書いてた」
「え? 仕事?」
「いや、ただ書きたいだけのものだよ」
仕事じゃなくても書くのか。プロでやっていける人の頭の中は、どれだけ文章が流れているんだろう。
「どうせ最後は全部消すけど」
「え、もったいな!」
「使えるものでもないし。……君、年越しはどうするの」
「…………予定なんもないから賢人さんに連絡したんだけど?」
顔が緊張してにやける。さあ、どう答えるだろう。
先生はなにか言おうとして、言葉に詰まって笑った。あー、伝わったか。くっそ、あと少しだったのに。じゃあ、会いたいな。そう言ってくれたら俺はダッシュでむかうのに。
「君はそうやって、すぐからかう……」
「先生が照れ屋なだけじゃん」
「先生って言うのやめなさい」
「はいはい賢人さん」
自然と敬語じゃなくなったけど、先生呼びはなかなか直せないでいる。
「何もないけど、おいで」
「うん。行く。そーいや、正月、いつもどうしてんの?」
「特別なことはしないよ。普段通り」
「おせちはー?」
「食べないよ。食べたい?」
「いらない。美味しくないし。年越し蕎麦は?」
「…………何年食べてないんだろうね」
「えー食べようよ。蕎麦茹でるやつある?」
「さあ……あるんじゃないかな」
「曖昧だなー」
「探しとく」
「えーいいよ俺やるから」
使い勝手のいいリュックにスマホの充電器やら下着やらを突っ込む。お財布。セーター。靴下。そんなもんでいいか。
あとは先生の言葉を待つ。
あのとき、言ってくれなかった。
「……あーでも、どーしよ。今書いてんだよね? 夜行ったほうがいい?」
「いや、いいよ。早く会いたいから、おいで」
思わず目を閉じる。耳に触れる言葉。ありふれていようがなんだろうが、ねえ、「あなたが俺に」ってだけで、こんなにもじんわりと幸せになれるってこと、わかってくれるかな。
「………………もう一回、言って」
「恥ずかしいから言わない」
「聞きたいんだけどなぁ」
「…………」
先生は観念したように息をつく。些細なやり取りすらお互いの心を震わせる。でも嫌じゃない。愛しい。
「会いたい」
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